指導記録32

<10月31日>

いよいよ推薦入試が始まる。現役生はなんとか今月で逃げ切りたいと思うだろう。前にも書
いたが、「受かったら儲けもの」位の気持ちでいくべきだ。その方がリラックスできるし、もとも
と評定4.0以上の連中となると上位10%の学校の代表なのだから「小論文や面接の実際
の臨場感を味わえる練習」と思えばいいだろう。
ただ、適正試験というものは、何を根拠に「差」をつけているのかわからない。とにかくいい人材を取れるチャンスだから、青田買いであることは間違いないだろう。
そう考えると推薦と前期でほぼ定員を確保し、後期は「よほどいい人材があれば取ろうかな〜」位のものだろうと思う。
よく会場に自動車で来る生徒がいるが、「もし、事故でもあったらどうするのだろうか?」と心配
をしたりする。たぶん車の中でぎりぎりまで復習できるからそうしているのだと思うのだが
(しかし、車の中で復習のために下を向いていて、気分が悪くなったらどうするのだろうか?と思ったりする)細心の注意をして挑むのが普通だと思うがどうだろう?
試験会場と書かれた看板の横でVサインして写真撮影している親子もいるが、「記念受験」
なのだろうか?一般入試になると「冬に中ズボン(半ズボンでも長ズボンでもない)に半袖シャ
ツに下駄を履いた受験生を見たことがあるが、その生徒は「他の受験生への威嚇」だったの
だろうか?答えが出ないことがたまに起こる。また、田舎の純粋な受験生親子で「世界一周す
るのではないか?」という位、荷物を抱えて、会場までわずか50メートルの距離なのにタクシ
ーに乗ったりしている。その受験生はあまりにも多くの荷物を抱えてよろよろしている。「見る暇
がないのに不安で心配だから持って来るのだろうと思う」
控え室で試験が終わるまでずっと待っている父兄も大変だ。今までで最も印象に残っているの
はロールスロイスからスーツに腹巻をつけた父親(スーツの下は腹巻のみ)が出て来て受験生
と思われる女の子の肩を組んで会場に入っていったシーンだろうか?はいていたのは、わらじ
のような草履だったと思う。一瞬緊張が走ったような気がする。「今日は推薦だろ?」と頭の中
で問い直す。(推薦は、親子共々ほとんどフォーマルな服で登場するので衝撃を受けた)
その車のドアの所に直立不動の運転手がいて「行ってらっしゃいませ!」とずっと直立していた
シーンには驚いた。多分朝10時から終了4時まで立っていたと思われる。思わず、隣のバイト
君に聞いた。「今日は推薦ですよね?」と あの親子の合否が今でも知りたい。

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NEWS PART2

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数学Cの短期攻略(全3巻)現在製作中!
 

指導記録31

<10月30日(火)>
いよいよ明日で10月も終わる。指導をしていてある意味静観できる状態に入った。受験指導を
していて生徒が自ら走り出す期間に入るから何も言う必要はない。
むしろ、春とか夏とか意図的にモチベーションを高めなければならない時期の方が大変だ。そりゃそうだろう。
日曜日には楽しそうに見えるカップルや色々な誘惑に若者が耐えなければならないのだから
「そこをどう納得させることができるか?」色々考えなくてはならない。
1日、9時間とか10時間とか当たり前のごとく座らせ、かつどれだけストレスなくスムーズに運ぶか?が最も大変だ。
わずか9ヶ月の中でどれだけ早く「受験生魂」を創り上げる方がはるかに大変のような気がする。
なんせ「心が行動を引っ張るのだから」100%苦痛状態の時も何度か来る。
「なぜ、私はこんな苦しいことをしなければならないのだろう?」とか「全てがイヤになる」とか
定期的にやって来るのだ。
その答えを「若者の腹に落とす」「落とし続ける」このプロセスの方がはるかに大変だ。
「心」ができていないと進まない。
また、悩んでいるとか落ち込んでいるとか早期に発見できればいいが、顔色だけで絶対にわかるというものでもない。それを発見できずに半年過ぎたら、もう3ヶ月しか残っていない。
「勉強をレールに乗せる」というより「心をレールに乗せる」方がはるかに重要だと思う。「とりあえず、今は勉強道具を見たくもない」とか絶対に来るのだから
まして休日は模擬試験だ。点数が報われたらおもしろくなって来るだろう。点数が報われなかったら更に「追加ストレス」の出来上がりだ。自己嫌悪だって追加される。
「もうやってられんぜ!」となるのも当然だ。再受験生のようにいったん社会に出て、「心」が出来上がってやるのならわかるが、以前の仕事と比較できない純粋な浪人生は、「隣の芝生は青く見える」ものだ。ある先生が、「羊の群れを家に連れて帰るのと似てますね。」と言った。一匹ちょっとそれたら、ムチですかさず軌道修正していたら、もう一匹が別の方向に走っている。そこに素早く走って軌道修正していたら、更に別の3匹が別々の3方向に走っている。
そのイメージがまさに正解だと思う。今の時期は、まっすぐ整列して走っていると言える。

指導記録30

<10月29日(月)>
記念すべき30号だ。読者の方から「ただで読んでいいんですかね?」とか聞かれたが、別に
そんなものではない。「自分の知識がどこで枯渇するかな?」と自分で自分を試しているような
所もある。なるべく全国の受験生の気分転換になればいいと思う。
英会話のNOVAが大変なことになっている。私のアメリカの友人もかつてはNOVAにいた。
しかし、「飛行機のパイロットになる」とか言って帰国してしまった。今回の事件に打撃を受ける
ことなく良かったと思う。日本のTVのCMが大好きな男であったが、人間的には少しふざけた
ようなやつではあった。喫茶店に入ると別の椅子をわざわざ自分の足を乗せるために持って
来るようなやつであったが、「文化の違い」ということでさほど気にはしていなかった。
1度、スイス出身の友人(刑務官、つまりスイスの刑務所職員で国際結婚で日本滞在)とこの
NOVAの講師と3人で喫茶店に入って大変な失敗を経験したことがある。ヨーロッパとアメリ
カ、特に「欧州の人間はアメリカ人を軽蔑している人が多い」ということに気がついたのは後か
らであった。特にヨーロッパ人の方がアメリカ人を受け付けないように感じた。
今、思うと本当に「うかつ」だった。そこまで考えていなかった。
全く一言もしゃべらない。2人のまん中に入って背中と腰が痛くなる位に気を使ったことがある。「ちょっとおかしいな?」と2人の空気から気がついたが、店を出た後にスイスのやつが「あいつらは狂っている」とか言ったことを記憶している。残念だが、世界はひとつになれない。
欧州サッカーの熱狂ぶりは、知られる所だが、サッカーファンの中には「サッカーはスポーツという名を借りた国と国との戦争だ」ということを聞いたことがあるかも知れない。世界に友人を持っている生徒には、「世界史の戦争の歴史」は学んでおいた方がいいと思う。心の底に「根強い遺恨」を持っている場合があるからだ。
戦争の歴史を知らないと今回の私のような失敗になるかも知れないのでぜひ気をつけて欲しい。例えばフインランドは日本に友好的だというのはロシアのバルチク艦隊やっつけたという点でわかるだろう。
できれば国と国との遺恨は知っておいた方がいい。
フランスの友人は、日本で「くさり鎌」を買うと言って聞かないので武道具店に連れていった。
非常に高価だったので、諦めたのか東急ハンズで「農業用の鎌と日曜大工の鎖」を買って
帰ったのには笑ってしまったが、今だに忍者が日本に存在していると思ったのだろうか?
わざわざ大阪の西成まで「地下足袋」も買いにいったのにはあきれてしまったが

指導記録29

<10月27日(土)>

指導記録が約30ということは約1ヶ月連続して書いたことになる。純粋な指導記録というより
は教育業界全般を視野に入れた「教える側の心の中からの視点」を提供しているようにスタン
スが定まって来たような気がする。おそらく読んでいる方の中には教育熱心な父兄、幼稚園、
小、中高校の先生、塾、予備校の先生、受験産業の方々、中学生、高校生、ドクターの先生
や薬剤師の先生、医大の先生や専門学校の先生、教職志望の大学生とかわかっているだけ
でもジャンルが広いので「読者のことを考えて意識するようになる」というのもうなずける。平等
に満足させたいというような気が出てくるものだ。
受験生からは、「お前、医歯学部のことだけ書けよ!」と言われるかもしれない。しかし、ハー
ドルの高い試験を受験することはそれなりの覚悟がいるものだ。当然、進路変更の可能性だ
って出て来る。長く浪人すると世間から隔離された期間が長くなり、「受験マニアの浦島太郎」
になってしまう可能性もある。
かといって長く浪人した生徒が「進路変更するといっても今さらどこへ行けばいいんだよ?」と
なる。そういう生徒も全国にかなりいるはずだ。また、様々なジャンルの記事に触れることに
よって面接や小論の知識になれば良いとも思う。
更に受験情報に恵まれず、地方で孤独に戦っている受験生の「心の癒し」も必要だと思うからだ。
次に働きながら、バイトしながらがんばっている再受験生なんかは、今の時期相当きついと思
う。普通の受験生とは比較できない焦りだろうと思う。
休むことができない仕事のため、「追い込みがかけれない状態」つまり、最後の追い込みが
できない「つらさ」は相当なものだと思う。本当にがんばってください。それしか言えない。
だから、この指記録にはかなりの「ノウハウとして使えるもの」や「情報としての価値」はあるように思う。だから地方の受験生に向けて発信しているという方が正解かも知れない。
受験生の中には、子育てや主婦をしながらがんばっている方もおられる。
ハンデにめげず、がんばって欲しいと思う。
受験勉強の環境についても都会の受験生は地方に比べて恵まれていると思う。
今はネット環境の進歩が早く、どこからアクセスしたかもすぐに判明する。たまにはこちらから話かけてみたい。「網走や那覇からこれを見ている人、がんばって下さいね。また、アメリカやドイツから見ている方は海外単身赴任の方で日本の受験情報や子供の教育環境を心配されている方ですかね?海外の生活も大変でしょうけどがんばって下さい」会ったことはないが、
こういう話かけたい気持ちにもなるものだ。

指導記録28

<10月26日(金)>
「携帯で読むには長すぎる」と苦情が入った。パケット通信代金が上がるとのことだ。そうか、
なるほど。今は携帯作家が登場し、携帯で小説を書き、横書きで絵文字入りで本になる時代
だ。ということは携帯で小説を読むという新たな習慣が出て来たということか?
時代の変化は本当に早い。
若者が携帯代金をまず一番に確保するために、居酒屋に行かなくなって居酒屋業界が打撃
を受けていると耳にしたことがあるが、そういう側面があることは否めないだろう。
一時期「キレル」という言葉がはやったが、その一因がマクドナルド等のファーストフードに
あるということも耳にした。何はともあれ、通信機器の影響は今後も入試において聞かれる
材料であることは間違いないだろう。通信機器の人間社会に対する影響、家族関係のあり
方、社会の急激な変化に対する「ひずみ」に対して自分なりの意見をまとめておくことは、
大切なことだと思う。
デジタルの社会が進めば進むほど、アナログの良さが再認識される。例えば、ワープロで
打たれた年賀状よりも「汚くても手書きで書かれた年賀状」の方がかなりインパクトがあり、
温かみを感じるだろう。ほとんど全て機械のみで書かれた年賀状は大量処理された1部の
ような印象を与えるものだ。もう来年が見えて来た。
受験は1年ではない。9ヶ月の戦いだ。最後の復習まとめの1ヶ月を引き算すれば、「半年
と2ヶ月」だ。これが一番短く感じさせる。全身全霊を打ち込んでがんばって下さい。
暗記科目が焦って覚えられなくてイライラすると思うが、それは全国共通だと思う。
頭の中にコップがあるとすれば、やはり溢れる位詰まってないと戦えない。「見たことあるけど
本番の時に頭から出てこないもどかしさ」を浪人生なら経験していると思う。
父兄は、驚かれると思うが、「1時間目で失敗したらもう帰る受験生」もいる。次の受験大学
に向けて「時間がもったいない」と戦闘放棄して帰る受験生もいるのだ。これも、この試験の
特徴かも知れない。しかし、きちんとそれを正確に記録している大学もあることを忘れては
いけないと思う。特に3月の最後の試験など欠席者や途中での戦闘放棄がたくさん出てくる。
「やり通して欲しい」気持ちもあるが、「自分の手ごたえを瞬時にわかるからそうなる」という
気持ちも理解できる。複雑な心境だ。

指導記録27

<10月25日(木)>
昨日は受験生にエールを送る意味で書いたのだが、心の中で「楽になった」と言ってもらえ
れば幸いである。ブログとかメルマガの著者が、「一体、誰に向かって書いているのだろう?」
と思うことがあるそうだが、その気持ちが今良くわかる。何事もやってみないとわからない。
受験勉強だって各受験生には様々な思いが交錯しているだろう。
昨年、失敗した生徒は、「失敗して初めてわかったこと」もあるだろう。2回失敗した生徒は「2
回失敗しないとわからない」ということだってあるだろう。ただ言えることは、何年かたって
振り返った時に「やはり、浪人は当たり前のことだったんだな」と振り返る時があるだろう。
「俺には必要な失敗だったな」と思えることもあるだろうと思う。「やけどをしないとわからない」
ことだって人生にはたくさんあると思う。他の学部で何の苦労もなく「すっ」と入った生徒とは
明らかにハードルは高く厚いと思う。最後に「苦労して良かったな」と思えればいいと思う。
人間、「頭打たないと本気にならない」ものだ。ただ、1人で戦っているわけではない。
家族は同じように心配しているはずだ。なぜなら、皆さんの背中や体から「本気オーラ」が出て
いると、それは必ず伝わる。家族は絶対の味方だと思う。
「ちょっとちゃうな?」から始まり、家族の心配モードも加速していく。
年が明けると「緊張と祈りモード」だろう。がんばって欲しい。
特に私立医大を複数受験する生徒は、不合格通知が来ても最後までテンションを上げ続ける
ことが大切だと思う。「通知が来るたびにへこんでいると戦線離脱する」「心のテンションの炎」
が消えると間違いなく負けると思う。なぜなら、同じ人間と戦っているから。
最後の受験校が終了したら、帰りに親に電話をして(できれば感謝のひと言が言えたらいい
が、多分照れくさいから言えないだろう)、そして帰り道で少し「普段よりいい食事」をしてがん
ばった自分に「ささやかなほうび」を与えよう。それから家に帰って爆睡しよう!
しかし、満足の行く戦いができないと、この最後のシーンも格好がつかない。だから、絶対に自
分を出し切ろう。

指導記録26

<10月24日(水)>
マーク模試は取れるが記述模試は取れない。受験勉強が進んで来ると1つの悩みとして
出て来るのがこれだ。記述模擬試験が得意な生徒は「考えること」が好きな生徒だと思う。
しかし、もうこの時期にして模擬試験の結果で「一喜一憂」している場合ではない。
大体、ここで失速したらどうにもならない。結果を見て落ち込むよりスルーした方がいい。
成績が振るわなかった生徒は、「あの模擬試験を受けた時の俺は、俺じゃない」と思い込
む方が大切だ。
今日は、全国の受験生を励まそう。まず、A判定を取っている生徒の内訳は、ものすごく小
さい頃から準備してきた生徒(親がレールに乗せて来たのなら準備されて来た生徒?)か、
長年受験生活を繰り返している「プロ受験生」で「さあ〜今年もやるか」と模擬試験だけで調
整をして試験日を待つだけの模擬試験のプロか、あるいは、ものすごく処理能力の高い「神
童」のようなやつである。(現役あるいは元予備校の先生も混じっている場合もあるから受験
生との師弟対決になる場合もある。会場で「先生、何してるんすか?こんな所で、試験監督
か何かですか?と聞かれるそうだ。実際、私も会場で何人か見かけたことはある。)
落ち込んでいる人は、そもそもこんなサイボーグのような連中と比較しても仕方がないだろう?
自分に都合のいいように考えることも重要だ。今、この時期に止まるよりは重要だと思う。
「こいつらも行く大学は1つだ。だから気にしない」でいいと思う。次にプロ受験生に対しては、
「まてよ。プロ受験生ということは、毎年本番で失敗したからプロになったんだろ。だったら
今年ももろい可能性があるな」と思えばいい。 当然勝っている人は、「いよいよついに俺の時
代が来たな。俺はやればできるな、このままぶっちぎるぜ!」と思えばいいと思う。
うぬぼれてはいけないが (大体この試験でうぬぼれている生徒はあまりいないからこれは
不要だと思うが)
私立医大を受験する生徒は、志望校の第一志望者の平均偏差値と自分の偏差値を比較し
て「偏差値5負けてるのか、それじゃ月に2.5ずつ上げればすぐや。第一こいつらも大体6
校位受けるやろ。行くのは1つだけや!」と思えばいいのである。
第1、「否定的に考えて前に進まない」のが現時点での「最大のリスク」であることに気がつい
て欲しい。最後は、「模擬試験と過去問題は全然異なるよな、本番さえ勝てばいい」と開き直
る方がはるかにいいと思う。
1つのやり方として手首に輪ゴムをはめて、自分が否定的な考え方をした時に、自分で輪ゴム
を引っ張ってはじく」、自分で自分をしかるというのもある。世界最強のブラジルサッカーチーム
でさえ、国際大会では試合前には「苦労して逆転した映像を見る」という。
ボクシングの浪速のジョー辰吉選手でさえ、「俺しかチャンピオンになれんと信じ込んでいるい
る位のやつでないと、絶対に上に行けん」と言っている。柔道の国際大会なんかは、「金メダル
取って当たり前の世界」だから選手の試合に悲壮感が漂っているように見える。また、今年の
世界陸上なんか日本選手が緊張して肉離れやアクシデントの連続だったのがいい例だと思う
。悲壮感漂う試合よりは、「戦いを楽しんでくる」と笑顔を出せるのが外人選手の強みだと思う
。がんばって「前へ!」です。

指導記録25

<10月23日(火)>
いよいよ11月が見えて来た。ここから大切なことは現役生は「がむしゃら」に走りきる。
浪人生は、自分のペースやモチベーションを落とす勉強をしないということだと思う。
自分のベストや完成形のイメージを残り期間を逆算して考える。
わざわざ「自信をなくすような勉強」をする必要はない。なんというか「心に勉強をのせ
る」とでも言うのだろうか。ベースに「心」があることは否めない。
浪人生ならわかるだろう。年が明けると「アドレナリンを全開して夢のように過ぎてゆく」
試験直後は開放された喜びにひたれる。しかし、それから「ぼけ〜」としている時間が無
駄に感じる。人間いつまでも「ぼけ〜」としてられないものだ。
補欠合格が来たら、その後、全ての電話が鳴るたびに緊張が走る。セールスの電話で
も心臓に良くない。3月末または4月第1週までわからない場合だってある。
センターまで受験する生徒はもっともしんどい時期に入るだろう。がんばって欲しい。
おそらく人生の中で究極に勉強する経験だと思う。最初は漠然とした莫大な量の世界から
、「自分で山道を鎌を1つ持って切り開いていく」感じだ。
どうか、自分を痛めつけるような勉強は避けて欲しいと思う。こういう時に大切なのは、やは
り上手なコミュニケーションだろうと思う。「つまらん話」に癒されたりするものだ。
もう1つは、1つの試験に失敗してから「軌道修正させる回復のコミュニケーション」だろう。
これこそが最大に難しく、人間1人1人個性があるからものすごい技術が必要だ。下手した
ら更に落ち込ませるので注意が必要だ。それも次の試験までに「短期間に回復させなけれ
ばならない」 この時期は勉強うんぬんより「コミュニケーション力」の方が重要ではないか?
と思われる。だから、親は黙って静かに見守るのだろう。
変なことを言って更に落ち込ませるよりは、むしろ黙っていた方がいいと思うのだろう。急に
泣き出す場合だって多いから本当に気を使う。試験が続く場合は家にいる時間の方が長い
のだから、家で誰も声をかけなかったら本人は1人で心の中で葛藤することになる。これが
わかるから、受験生の父兄は精神的に疲労するのだと思う。
女子と男子だってかけることばは異なるだろう。マラソンの有森裕子選手や高橋尚子選手を
育てた小出監督がどのような言葉をかけていたのか調べたことがあるが、気の強い女子の
場合はヒントになったが、「気の弱いガラスのような女子の場合はどうするのか?」という疑問
は残ってしまった。全日本女子バレーボールの柳本監督も携帯で選手達に絵文字を使うそうだ。
一番ヒントになったのは全日本女子柔道の監督のコミュニケーションの姿勢だった。
「言葉の力」も使い方が本当に難しい。 しかし、とてつもない力を発揮することがある。PL学園
の野球部がバッターボックスで胸のお守りを握りしめるのも瞬間的に集中力増大を意図してい
るのではないだろうか?「ランナーズハイ」という言葉がある。言ってみればアドレナリンが効果
的に作用して無限のパワーが出るような感じに持っていけたらいいだろう。

指導記録24

<10月22日(月)>
まず、最初に内倉先生の小論文解答例が掲載されていることを受験生に連絡しておき
たい。赤本を購入してなぜか小論文だけが「解答例省略」と書いてあることで受験生は
ストレスを感じる。「なんでや〜?」という感じだ。
そこで急いで高校の現代国語の先生かなんかに「悩み」を持っていくのだが、忙しいから
か「え〜君、とりあえず書いてみ!」と来る。
知識ゼロで小学校以来作文しか書いてないのに「とりあえず書いてみ!」はないだろう。
「悩み」があるから来ているのに、「とりあえず」もないだろう。全く書き方や入り方さえわ
からないのにそれはないだろう。これがこの時期よく見られるやりとりだ。
心の中で「この忙しいのにやっつかいな物持ってきやがった」と思っているだろう。
まして、受験生の学校の中での母集団そのものが少ないし、医学部等は変にハードル
が高いので「やっつかいな物(口には出さないが心の中で)」となるのである。
しかし、生徒にとっては1次クリアした後の最後の3分の1または4分の1に入るための
「王手がかかるかどうかの人生を賭けた戦い」なのである。
クラスで1人しか受験しない場合は、当然後回しだ。
まして「医系」の小論なので変に手がかかる。たぶん用語の説明までしなければならない
からだろう。瞬時に頭の中で「辞書引いたり、新聞調べたりしなければならないな〜」と頭
の中で先生はこれから犠牲にしなければならない自分の労力を頭の中ではじき出す。な
ぜなら、そこそこ訓練された生徒との戦いだからだ。
調査書発行の優先順位だって「浪人は後廻し」の所だってある。高校の先生の事務処理
の大変さはわかる。1人でクラス40人以上対応しているのだから仕方がない。
そう考えると内倉先生からの「全国の受験生への最高のプレゼント」かも知れない。
本当にご苦労さまです。 先生はコーヒーが好きなのでこれを参考にして合格した生徒は
「缶コーヒーを箱入り1セット」ゼミ宛に送付してください。種類はジョージアがいいそうです。
今から全国から受付ます。(笑)

2006年関西医科大学

「人口減少社会を迎えて」500字以内/関西医科大 06年)。

 日本の年間出生数、出生率は1970年代以降、減少低下の一途をたどり、今日では長期的な人口維持のための数値をはるかに下回る現状にある。結果、総人口は減少し始め、人口減少社会を迎えている。

 こうした傾向には、経済状況の変化や価値観の多様化に伴う、晩婚化、非婚化が起因している。もちろん、結婚や出生は個人の自由である。しかし、日本全体としてみれば、労働力の縮小といった経済への悪影響が懸念され、また、高齢化に伴う年金、医療、介護などの社会保障費の増加は、国民一人ひとりに大きな負担を与えることになる。

 したがって、今後、私たちは人口減少に伴う問題を自身のそれとして深刻に受け止めていかなければならない。公的な対策のみに期待するのではなく、個人レベルで可能な取り組みには積極的に参加し、公私の役割分担を徹底していく必要があるだろう。

指導記録23

<10月20日(土)>

DVDの撮影が2巻まで終了した。撮影中は先生も大変だ。何しろ生徒なしでカメラに向かっ
てしゃべり続けるのだから大変だ。相手の反応を見ながら進むのとは全く異なる。最初は途
中でしゃべるネタが切れたり(生徒の反応時間が全くないため)、ネタを忘れたり(緊張のた
め)、時間配分に失敗したりする。
制限された時間内にテンポを保ちつつ、盛り込むまでにかなりのNGを出したりするものだ。
撮影直前の10分前くらいは緊張するから気を使って何も声をかけない。
昨日は撮影中に森井先生が「くしゃみ」をしたが、これをカットするかそのまま残すか迷って
いる。「くしゃみ」を残した方が人間味があって逆にいいのではないか?と思ったりする。
市販のDVDにもNG集のコーナーはあるし、見ていて眠たくなった生徒がくしゃみで目を覚
ますかもしれない。ただ言えるのは、絶対に「完璧に満足できるもの」はできないということ
だ。ただ、上映会をやるので他の先生が「こうした方がいいのでは?」とアドバイスをする。
それが血となり、肉となるのだろうと思う。
現場で指導されている方は、ぜひとも出した方がいいと思う。まちがいなく格段レベルアップ
する。「まとめる作業」「伝える、そして表現する作業」「どうしたらうまく伝わるか?」を徹底的
に考え抜くからこれ以上の研修はない。
最年少で19歳の東大生が出している現代国語のDVDがあるが、その学生より十年以上の
キャリアがある人が出さないのもおかしいだろう。
別に売れなくてもいいではないか?「魂を込めた作品」を製作する所に感動があると思う。
「プロ」としてパンフに紹介されているのなら、商品をオリジナルで作成して印税を支払う。
自分の評価を「モノ」という形に変えて市場に評価してもらえばいいではないか?それで生徒
の受験戦争の救出活動につながれば社会貢献である。テキストでもDVDでも「自分の経験
値を市場に問う」ことは相当の勉強になると思う。自分の集大成を世間に評価してもらえれば
いいと思う。それが、純粋な評価であり、正当な評価である。売って欲しい集大成の武器のあ
る先生は、全国からこちらにサンプル送付すればいいと思う。「ノウハウの流出」とかそんな時
代遅れのことなど言っている場合ではない。
大体、この世界に大それたノウハウなどもともとないだろう。
前回は私立医大に絞ったマニアックな数学3Cに絞ったため、「やりにくかった」と先生が
今隣で言っている。それでは今から最後の1本を撮影しょう。 チャプターやテロップ挿入
作業がどれだけ時間がかかるかだと思う。今年の入試に間に合えばいいと思う。

2007年度近畿大学医学部(前期)

?m?d?v「医師の尊厳と責任」について20×20(近畿大‐医〈一般前期〉)

 

医師は元来、患者のみならず、一般の人びとにも崇められる存在であった。それは、高度の技術を得ているからだけでなく、倫理的な問題に対しても私たちに多くの示唆を与えてくれる存在であったからだ。

 たしかに、今日の倫理的諸問題は複雑化し、医師ひとりでは対処できなくなりつつある。移植や延命治療をはじめ、再生医療や生殖医療をめぐる問題など、場合によっては医療オンブズマンといった第三者の介入は必至だ。

 しかし、この専門分化の時代的要請は、一方で医師の患者に対する姿勢を変化させる。医師が人としての患者をケアする、という意識を失った場合、医療ミスの頻発につながる。

 したがって、今後、医師は個々の倫理的問題に真摯に対峙し、コ・メデイカルや仲介的役割の人びとと密に連携し、解決に取り組んでいかなければならない。こういったあり方が今日求められている全人的医療であり、医師が果たすべき責任である。

指導記録22

<10月19日(金)>

今日から数学CのDVDの撮影に入る。テーマは「直前に数学Cを短期で確認するもの」
にする予定だ。50分×3本の予定だから相当絞り込むことになるだろう。高校の授業
で間に合わないもの、受験生が悩みを持つものはできるだけ商品化する予定だ。「モノ」
を創るとなると緊張し、先生達のレベルも格段アップする。
なにしろ公開される「モノ」を創るのだから。批判をするのは簡単だ。「じゃ〜お前創って
見ろよ?」と言えば文句を言うやつは黙ってしまうのが通例だ。勇気もいる。センター対
策の5巻セットは岡山の業者から発売される予定だ。化学、生物、物理の各5巻セットで
ある。
ピアノだって発表会があるのだし、小学校だって学芸会がある。大学の教授だって学会発
表がある。「DVD創るから出ない?」と聞いてみたらわかると思う。業界の9割以上の講師
は逃げると思う。しかし、出来た作品を見たら「あんな説明良くないな〜」「今だったらこうい
う風にやるな」とか改善と反省がどんどん出て来る。間違いなくひと皮むける。それが重要
だ。第1「他人の授業を見たことがない」とかそんな連中がほとんどだからだ。
何を参考にするのだろう?「10人以上の授業の研究材料を持っている」というとほとんどい
ないだろう。つまり、「研修ゼロ」でお客さんの前に登場しているおかしな業界である。大学
生の場合なんて、1日前に学生食堂で勧誘されて翌日生徒の前に立つのだからこんなめ
ちゃくちゃなことはないだろう。罪悪感はないのだろうか?たぶん「仲良しこよし」を売り物
にしているからそれでいいのか?また、長くやっているからと言っていいものではない。
だんだん「化石化」してくる。
そのたびに「ブレイクスルー」しなければならない。「鮮度が落ちる」というのが一番近い表
現かも知れない。何から転載したのか忘れてしまったが、現在教育現場に携わっている人
のためになれば幸いである。

<授業の3大鉄則>
1、役に立つ授業 2、わかりやすい授業 3、おもしろい授業

<プロ講師のポイント>
1、話題が豊富、授業のテンポが良い。
2、質問に熱心に答える(聞き手に回れる) 
3、硬派で学者肌だが、若者の心をつかむことができる
4、真面目な性格が授業にも出て人柄の良さを感じさせる
5、頭の中の引き出しに理路整然と知識がつまっている
6、明快な授業で信頼できる学者タイプ
7、しゃべりのうまさでペースに引き込まれる
8、話を聞いているとほのぼのとしてつらいことを忘れる

何かの参考になればと思う。たしか、塾や予備校で経験不足で指導していた時に生徒が
出席しなくなって研究を始めた時に自己嫌悪を感じて記録したものだと思う。「お前の授
業はつまらん!」と言われてから講師は成長するものだと思う。犠牲になった生徒には申
し訳ないが、犠牲を出さないとうまくならない仕事だと思う。 ただ、他人の授業も研究して
いない人間が狭い視野でお客の前に出るのは危険だろう。普通のサービス業では考えら
れないことがまかり通っていることが不思議でならない。

 

指導記録21

<10月18日(木)>
指導記録が「教育業界全般の盲点」まで書くようになってしまったが、お客さんの知識が
向上し、かつ読んでいてためになる方向であれば良いと思う。あらゆる方向からの分析
や、他のサービス業と比較してどうなのか?という視点は大切であると思う。
例えば病院でも「3時間待ちの3分医療」とか批判されて、今は電話1本で「待ち時間は何
分で何番目です」とかわかるようになっている。
もう1つの盲点を上げてみたい。今は「モンスターペアレンツ」という言葉があるように、学校
に文句をつける父兄が多いことを言うのだが、ここで今回言うのは、「教える側とサービスレ
ベルを要求する側の心理的ズレ」についてである。
これは、むしろ「教える側の人間」に理解していただきたい。これも多数の保護者と接触し
て初めて理解できたことで、それがなければ今も無知だったと思う。この心理的なズレは
高等教育の教員になるほど理解できないことだと思う。
現在の「私立幼稚園のサービスレベルの高さ」である。そのサービスレベルの高さと保護
者が比較するから上になればなるほどサービスレベルに対して不満が大きくなるのである。
高等教育の8割以上の教員はわかっていないと思う。教育機関はお互いに閉鎖的だから
わかるはずがないと思う。
今の幼稚園では、自分の子供の幼稚園での映像はいつでもパソコンで見れるし、夜になれ
ば自分の子供のデジカメ写真が「クラス別」と「その子供だけを写した写真」が毎日見れるの
である。それも1人につき何十枚単位である。特に笑顔の写真が多い。
感心したと言うより「見せる技術とその写真を撮影する先生の労力」に驚いた。例えば、
「2時間目のあきちゃんです。みんなと楽しくいも掘りをしました。こんな大きないもが取れた
と先生に見せに来ました。(まさに笑顔のアップ写真にただし書きまでついている)」
「これ、毎日撮影しているんですか?」と聞いたら、当たり前のごとく「そうですよ」と答えが返
って来た。撮影している先生は「他の仕事はできるのか?」と思った。その代わり、激務で離
職率は高い。しかし、こんな公開されたサービスを幼稚園の頃から経験すると、次に比較さ
れた方がたまらない。つまり親の「知りたい、見たい、聞きたい」が100%以上満足させられ
ているのだから心配は「皆無」のように見える。「安心の売り方」が100点満点以上だ。
毎日、その日の自分の子供の1時間単位ごとの写真が並ぶのだから。たしかに小さな子が
襲われる事件が多く、そういう事件が引き金となっているとはいえ、このサービスは、すご過
ぎると思った。親はかわいいわが子のリアルタイムの写真報告や映像報告にとろけるだろう。
この幼稚園は、少子化など全く関係なく秋までに翌年の全ての学年が満員になる。
こんな手厚いサービスを最初から経験していたら、公立の小学校に上がれば「リッツカールト
ンホテルから田舎の民宿」に移動したような感覚になるだろう。
こういう所から「公立離れ」が進むのかも知れない。大学入試業者の「一括多数ブロイラー処
理」など今の父兄からは想像もできないいいかげんな世界だろう。こういう初等教育のサービ
スレベルの高さを自分が気がつくまで相当の時間がかかってしまったことを恥じておきたい。
たぶん高等教育に携わる教員のほとんどが今の初等教育の私立幼稚園のサービスレベルと
のギャップをわかっていないだろう。
なぜなら昔と意識が同じなのだから 、「へー今はそこまでやるの?」と言うだろう。

指導記録20

<10月17日(水)>

たまには他教育機関で指導されている方へ向けて書いてみよう。私自身は、指導の一線
からは離れてサービスの向上や生徒管理や講師対応、保護者対応が中心となっているが、
現在教育機関等で指導している方に向けて書いてみたい。
また自分の反省を再確認するために書いてみたい。お客の側に立つことが出来て初めて
理解できたことも多数ある。気づいただけ「まし」だと思うが。それは、いかにこの仕事が「自
分の思い込みの強い仕事」であるかということだ。
大体「先生」と呼ばれる職業の方々は自分で戒めないとどんどん思い込みが強くなると思う。
気をつけて欲しい。非常に危険だ。先生の定義は、「先に生を受けた大したことがない人間」
位の評価で良いと思う。
例えば塾の客は生徒だけではない。生徒のためにお金を支払う保護者も含めて「お客」であ
る。例えば、先生達が全力で指導していても、保護者が忙しくてその努力が伝わっておらず、
生徒が受験に失敗すれば恨みの対象になるかもしれない。
あるいは、先生が全力で指導している指導のスタイルが、他の先生から見て明らかにピント
の外れた指導であれば、保護者にそれが識別できなければ「とんでもない時間のロス」であ
る。先生だけが「いい仕事したな〜」と自分に酔いしれているのだから。危険きわまりないこと
である。
なぜなら、他のサービス業と絶対的に異なる点は「商品が残らない」ということだ。普通お金
を支払えば、商品が残るから不満は残らない。いいたいことはもうわかると思う。「目に見え
ない空気のようなもの」を販売しているということだ。その空気は「誤解の空気」に変わるかも
しれないし、「疑惑の空気」に変わるかもしれない。正直、「無駄な価値のない空気」かも知れ
ない。
これを読んで「そんなの考えたこともない!」と思っている先生達は「自分の方向からしかもの
を見れない危険」を持っていると思うし、気がつかない思い込みだけのサービスをしている危
険があることを忘れないで欲しい。おそらく今まで多数の犠牲者を出していたことにも気がつい
てないし、現在も犠牲者を出し続けている先生だと思う。
先生達の発している「空気」を一週間毎に監査してチェックを入れている所は世の中のどこに
もないないからだ。
思い込みの強い例として塾の先生が、夜12:00を超えて指導している場合だ。その先生は、
「保護者に熱心さを売ろうとしているのかもしれない」、ところが保護者は「こんな物騒な時代に
女子も含めて深夜まで指導する常識のない先生」となるのである。
生徒は、翌朝早くから起きて学校に行かなければならないのに、塾の先生は翌日昼まで爆睡
している。おそらくこの先生は、感謝されているはずだと信じて疑っていない。
「お客からの視点」が絶対的に欠けているケースである。
高校の現場だって「強制補習」といいながら全然役に立たない指導をしている場合だって多数ある。
でも、先生達は心の中では「親身の指導」と感ちがいしている。そして「これで塾に行かなくて済むから(別にお金もかからなくて済むから)保護者も感謝しているにちがいない、間違いなくそうだ」と思い込む。
高校3年の夏に1ヶ月半も時間のロスをしたのだから、実際は「取り返しのつかない被害」である。
こういうことは多数あると思う。自分も含めて常に気をつけないと危険だと思う。
なぜなら、気がついてない先生が圧倒的に多いのだから

2009春期講習の予定

2009春期講習及び春期個別特訓授業は翌年3月に開始の予定です。

体験授業の予定

浪人生の2009入試体験授業は翌年3月に開始の予定です。

現役生、高1、2生の予定は電話にて問い合わせてください。

指導記録19

<10月16日(火)>

今、全国マーク模擬試験の過去問題の復習タイムだ。マークシート用紙を使いながら練習
している。たかが、マークシート用紙だが、塗りつぶす練習もバカにはできないと思う。なぜ
なら当日「特別に見えるものは一切ない方がいい」ということだ。
もし、マークシート用紙を2重に書き込んでいたら一貫の終わりだ。最後は定規や鉛筆や下
敷き等で2重塗りつぶしを調査することは大切なことだと思う。
コンピューターがミス解答用紙とはじき出したら、受験料、交通費等、時間等全てパーにな
る。シャーペンを持ちなれた生徒が急に鉛筆を持つと「違和感」を感じるのと同じだ。現在
は、週に3回タイマー計測して時間内に仕上げる訓練を続けているが、「時間感覚を体にし
み込ませる」ことは大切なことだ。
ボクサーは3分という時間を体で覚えている。それ位でないとダメだと思う。小論文だって書く
のを止めたらかけなくなる。起承転結のタイミングがズレてくる。人間は忘れる生き物だから
模擬試験の復習は、基本問題から基本知識を再確認するのに最適だと思う。医学部等の難
しい問題ばかりやっていると「ストレートが投げられない変化球専門のピッチャー」になるよう
な気がする。
特に生物なんかははまってしまうと「重箱のスミ」ばかり追いかけたがる生徒が出て来る。
外側の細かい所ばかりやると中心がガラ空きになる。医学部受験生の生物のレベルは高い
のでこだわる気持ちはわかるのだが、中心知識への意識は重要だと思う。
化学は薬学部の問題で練習するのも良い。数学と化学の2刀流の森井先生のアイデアだが、
訓練には医学部の問題より薬学部の問題の方がよく練りこまれているそうだ。そういえば薬
学部は化学が中心だよな。勉強というのは、ちょっとしたアイデアで新たな刺激が産まれるも
のだと思う。
指導者のメニューというのは常に「変化と刺激を考慮し、この問題を実施する意図に説得力
がなくてはならない」と思う。その部分を外すと「退屈で苦しい重い時間の空間」になる。
最も授業がうまい講師は、「授業時間を大幅に短く感じさせる」講師だ。それだけ夢中にさせ
たからその影響で時間を短く感じさせたわけだから。
シンデレラのように生徒が終わる時間を心待ちにして時計をちらちら見るような授業は「商品」
にならない。 ビデオ等に録画して自分で見て他人にチェックしてもらわないとわからない。
まず、コミュニケーション能力と人間力を上げて、教材に「変化と刺激」を盛り込むことだと
思う。

指導記録18

<10月15日(月)>

先日は、地方や離島の遠距離介護の現状と少子化による家族力の減退を混ぜ合わせて
書いた。そのまま面接の答えとして利用できると思うので参考にしてもらえれば幸いである。
面接や論文は、ずばり「説得力」である。
砂糖の甘さや塩の辛さは「なめた者でなければわからない」ということだと思う。いよいよ来
年まで77日となった。全国の受験生の健闘を祈る。
季節の変わり目は、体調を崩しやすい。ぜひ、「手洗いとうがい」の励行を実施してもらいた
い。「大丈夫や、俺は」とか思っていると痛い目に合うと思う。
人の多い所も避けて通過する位でちょうどいいと思う。大体、本番では最悪の場合を想定し
て行くものだと思う。「ベストの時の7割位しか出ないもの」と自分に注意を与える位でいいと
思う。
一番大切なことは、「時間配分をミスしないこと」だと思う。これに失敗すると後々の科目に
影響してくる。そしてこれをミスると「心のブレ」が大きくなる。最後の見直しの時間を引き算
して、どの問題に何分かけるのかを素早く割り振りする。
まず、やらなければならないことは、問題が配布されたら「全部の量を確認して、どこの問題
に何分割り振るか大体の目安をつける」これが最も重要なことだと思う。
理科の120分の場合は、どちらの科目から先にやるか素早く判断する。
また、「直前に何を見直すか?」これを決定すること。誰もがやっていることだが、改めて紹介
する
例えば、朝なんば駅から梅田駅まで地下鉄15分(数学公式の確認)、それから阪急梅田駅か
ら高槻駅まで(英単語重要単語の再確認)、それからバス15分(理科2科目最終チェック)の
ように乗車している時間に何を確認するのかまで細かく決定する。次に試験と試験の間に何
を見直すのか全て決定して無駄のない戦略を決定するのである。以前、記事で書いた「受験
勉強は皿廻しだと。当日、全ての皿を高速フル回転に持っていくのだ!」という理屈である。
例えば、次は英語であれば、ほとんど長文のために単語力を鮮明にするために見直すだろう。
当然、覚えにくいものだけを高速確認するのが普通だろう。
「単語集の中からその覚えにくい単語のあぶり出し作業が終了しているかどうか?」が重要な
のである。また、難解な長文がドーンと1題目に登場したら、すかさず日本語の問題の方を先
に見て書いてある内容をある程度推測してから英語の方にもどる。本文の内容に一致するも
の、しないものとか書いてある場合は、逆にチャンスだ。あっていようがいまいが大体の長文
の要旨を先に問題から推測するのである。全くヒントがなくて、何度も文頭に戻るよりは数段
マシである。
パターンが決定していたら、当然それに合わせたやり方を決めるだけである。
試験というのは、最後に見直した1つの知識によって勢いづいたり、「最後にあの部分見直せ
ばよかった」と悔やんだりするものである。
「細心の準備をして大胆に実行する」
そして、最後はマイケルジョーダンの言葉を刷り込もう。「恐怖は幻想である」と

指導記録17

<10月13日(土)>

よく面接等で聞かれる質問の中に「ボランティア経験はありますか?」というのがある。私立
高校の中には学校行事で義務として行かせる所もあるが、非常にいいことだと思う。書類の
空欄が埋まるし、面接でも自分の経験があれば、内容を膨らませることもできる。
今、医学部や歯学部を受験する生徒でやったことがない生徒などいないのではないか?と思
う。もし、やったことがなければ、短期間でも地域の「廃品回収」でもいいから参加して既成事
実を創るべきだと思う。
1つの理由として「医療と福祉」は切り離せない関係にあるからである。また、短期間でも「どう
いうことを学んだか?」その意見を聞きたいというのもあるだろう。高校時代の級友で離島で社
会福祉協議会の幹部がいるが、特別養護老人ホームの中を見た時は非常にいい経験になっ
たことを覚えている。今は様々なサービスがあり、価格に応じて色々な所があるので一概には
言えないが、「人間は子供で産まれて子供に戻るのかもしれない」と思った。おばあさん達がすべて幼稚園のような汚さないような黄色の「かっぽう着」のようなものを着せられて、胸に「きよちゃん」「あっちゃん」「のりちゃん」だとか布で作られた名前が貼られて、みな「おかっぱ頭」で統一されていた。私が訪問した時は、女性の高齢者が非常に多かったことをよく覚えている。女性の方が平均寿命が長いからではないだろうか?特養はまさに人生の最終ステージである。
壁などまさに幼稚園の教室の再現のようで文字が大きく、クリスマスツリーの飾りのように壁の上等に色々なものが飾られていた。認知症でフランス人形を背負っているおばあさんもいた。建物の裏には、洗濯機がものすごい数並べられており、ものすごい数の洗濯物が異臭を放っていた。汚物というか、洗濯物というかすごい量だった。
離島でさえも老人ホームに入れる人間と入れない人間とがいる。
基本的には要介護5で身寄りのない老人が優先だ。 仕事がないので若者は自動的に田舎を離れる。こういう田舎は本当に多いだろう。老人が老人を介護するという現状だ。1人で生活している老人も多い。
80歳のおばあさんが、90歳のおじいさんを介護している現状だ。寝返りしたくても相方の力がないので動かせない。大変な世界だ。地域で支え合うといっても限界がある。
1人で住んでいる老人には「緊急連絡ボタン」というのを持たされて、ボタンを押せば、社協や地域の人につながるようになっているが、友人が言うには、「緊急ボタンも、倒れた後では押せないんよ。ボタンは意識のある間に押せるやろ」と言った時にはなるほどと思った。
そのまま死亡して発見されるまでに相当の時間がかかる場合もあるそうだ。
都会に出た子供も親の健康が気になって仕方がないのだが、交通費が高くかかるので頻繁に帰れない。
親の「遠距離介護」ができずに涙を流している子供は本当に無念だと思う。JALやANAや新幹
線等の交通機関で「遠距離介護割り引き制度」も一部日本エアシステムにあるが、たいした額の割り引きではない。何の効果もない。
「じゃあ田舎の老人を都会に連れていって一緒に住めばいいやん?」という声があるかもしれ
ない。それが、長年住んだところを離れたくないのだ。
友人によれば、「無理やり連れていっても環境が急激に変わると病気するんよ」と答えた。
一番の子供の無念は「危篤状態から亡くなるまでに遠距離のため時間的に間に合わない」ことだと答えた。特に深夜に危篤情報を受けても船は翌朝にしか出ない。最後の瞬間に立ち会うことは不可能だ。家族に囲まれて死にたいという最後の願いさえかなえられない。枡添要一厚生労働相には期待している。
なぜなら自分の母親の介護経験があるからだと思う。介護や福祉に対する意見には経験者であるために説得力がある。枡添さんの介護の本のタイトルは「母にむつきをあてる時」だったと思う。
むつきとは「オムツ」のことだったと思う。考えさせられる本だと思う。 昔の子供が多い時代であれば、子供同士が協力して一致団結していれば、「家族力」が強化され、親も安らかに死を迎えられた。これからは子供が少ない。葬式に参加した経験があるならば、「お通夜から葬式まで仕切る」のがどれだけ大変かわかるだろう。これからの親は、死ぬ時も子供に大きな負担をかけ、子供も兄弟が少ないので「家族力そのものがなくなる」ので親の介護はもとより、親の葬式さえ仕切るのが大変になるだろう。兄弟という最強の協力者が多ければ多いほど、介護や葬式の負担は楽になるのだから また、介護は終わりが見えない。10年以上介護する場合だって十分考えられる。
少子化は家族力そのものを減退させるものだから大きな問題である。

指導記録16

<10月12日(金)>

最近の入試要項はデザイン等非常に優れたものがある。特にデザインが素晴しいのは北里
大学医学部の表紙だろう。次点は金沢医大だろう。
国公立の入試要項は比較的地味だが、私立の入試要項は目を見張るデザインである。企業
努力を感じる。よく私立医大の学費の高さを批判されることを耳にするが、現実にはどこも医大は財政的には苦しいのが実情だ。
CTスキャンの額とか考えると学費に反映して当たり前の所がある。そして少人数でマンツーマ
ンに近い状態での指導を考慮すると当然と言えば当然であるように思う。注射器だって「何回
も洗ってコスト削減しろ」なんて考えられないだろう。
理系の実験を要する学部なども何回も失敗して成功が産まれるわけだから当然コストがかか
る。企業の開発費用だって同じだと思う。
現在の医療ミスや医師不足だってもともとの原因は、国の「医療費削減」から来ている。
削減すると別の部分で悪影響が出ることは否めない。看護婦だって足りていない。足り
ていないと労働条件が厳しくなり、ミスが増えるのも当然だと思う。病院だってこれから重
要な手術が行われる日であれば、新たな患者はもう受け入れられないだろう。
人間が不足しているのだから。だから、患者からすれば「受け入れ病院がなく、たらい廻し
にされたということ」だが、医療機関からすれば、「何とか受け入れ先を探すために必死で努
力していた」の方が正解なのである。
アメリカなんかは、病院にかからないために「健康を保つためにトレーニングジムに通う費用
やサプリメント等にお金をかける」と聞いたことがあるが、なるほどと思う。人間の体もどこか
がいつかはおかしくなるのだから。
病院にかかる以前の段階にお金をかける。ただ、アメリカ型のような医療制度になると「弱者
は全て病院にいけなくなる」のでまだ日本型医療の方がまだまだ優れていると思う。
極論だが、「注射1本10万円、風邪薬1錠5千円」なんてなったら誰も病院行かないだろう。
病院に行けない人がどんどん自宅で死んでいくような国になったらえらいことになる。
話は、最初に戻るが、最近の入試要項にはDVDもついているので良くわかる。各大学のスマートな売り込みに感動さえする。例えば、立命館大学には昔のイメージなど全くない。
小学校も大人気らしい。たぶん一流の広告代理店と組むと大学のイメージなど簡単に変えれ
る時代なのかも知れない。
塾では希学園のDVDや資料や厚さ2センチはあろうかというような体験記の資料が本当にすご
い。まず、届いた資料の重さに驚く。
漬物石でも入っているのか?と思うだろう。更にすごいのは夕方に電話したら翌朝届いた。あまりにも早い対応に感動さえした。時代の変化とはサービス業の変化を産み出すものだろう。負けずに数学CのDVDを創ろう。

セミナー情報

メールアドレス(必須)

(例:xxxxx@xyz.jp)
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(上記ボタンを押した後、次の画面がでるまで、4〜5秒かかりますので、続けて2回押さないようにお願いいたします。)

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指導記録15

<10月11日(木)>

よく「試験会場にどんな格好していったらいいですかね?」とか聞かれる。推薦入試の場合、
現役生はもちろん制服だろう。浪人生はスーツだろう。色は圧倒的に「紺」が多い。ネクタイ
も「紺」系統が多い。たまにグレーとか黒がいるが、やはり紺が無難ではないだろうか?
「なんか俺だけ浮いてるな?」とか感じる位ならやはり、紺で統一した方がいいだろう。髪型
まで聞かれると答えに窮するが、みんな会場ではおとなしく見える髪形が多い。「この時のた
めに」という感じだ。普段、髪を染めている生徒も完全な黒に持っていくために2回位染める
らしい。浪人生の中にも高校時代の制服を着ていく生徒もいるようだ。面接試験というのは
どういう所で判断して「差」をつけているのか完全にわかっている人はいないだろう。かつて
医学部希望者でセンターのリサーチでA判定が出ていても面接で落ちる場合があるのでよ
くわからない所がある。いまだに落ちた理由がわからない生徒だっている。
個人的な意見として練習でうまくいったことが、本番でできない場合が最も「損」のような気
がする。例えば、「視線の位置」だろう。無意識にやるから本人もわからない。
練習の時に「視線上げろ」と注意しても本番だけ「視線落として下を向いてしまう」とか、「膝が
がくがく動いている」とか、「こぶしを握る」とか「視線が泳ぐ」とかだ。当日、相当乱れたとしか
考えられない場合だってある。簡単に言えば「人の好き嫌い」ではないの?かとか思う。
「相手から見た自分」を意識することってこういう時しかしないですからね。他人にチェックされ
ても当日できなければ意味がないですからね。特にアメリカの高校じゃあるまいし、「ディベート
なんていつやるんだよ?」って感じですね。「弁論部」のやつなんかと一緒のグループだったら
最悪ですよね、圧倒されますよ。あと、英語クラブ等の公の場でスピーチ慣れしている子も強い
ですね。内気な生徒は損ですよね。
その次が生徒会役員ですよね。朝の朝礼とかでしゃべり慣れているから当然強い。頭で考え
てもすぐ答え出ないですよ。金沢でしたっけ?「マグロの漁獲高」なんかについてしゃべらせた
の。だから、小さい時から公の場で自己表現して来た経験というのはこういう時に生きて来る
んですかね。
やはり、進んで「今まで責任を自分からしょいこんで来た生徒」が有利ですよね。 1時間以内
で人間分かるわけないですよね。勝つための「自分の演出技術」っているんですよね。

短期集中セミナーの申し込みありがとうございました。

短期集中セミナーの申し込みありがとうございました。
追ってセミナー開催の詳細を連絡します。

<注意事項>

申込規定人数に達しない場合はセミナーを開催しないことがありますのでご了承下さい。

その他、何かご不明な点等ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。

フェニックスゼミ
〒531-0072 大阪市北区豊崎3-6-11 エイトビル5F
TEL : 06-6926-0723
FAX : 06-6375-3307
E-mail : phenix@yo.rim.or.jp
URL : http://www.phenix-zemi.jp/

指導記録14

<10月10日(水)>

少子化なのに大学の新設は続き、環太平洋大学のように伏見工業を日本一にした「スクールウォーズ」のモデルとなった山口良治監督やバルセロナオリンピック金メダリストの古賀選手を
呼んで指導者とする大学まで出て来た。
少子化なのに昨年は「いじめによる自殺」が非常に多く、少子化なのに夜間の小児科は超満員である。中学生の4%は「うつ状態」という報道がされ、現代は、複雑多様化している。
面接や小論文のテーマで「少子高齢化」の問題が問われるのも問題意識を持って新聞等をよく見ているか?という姿勢が問われている。(実際は、受験生は、新聞等やニュースを見ている暇はあまりないのだが、入試で問われるので慌てて直前に準備しているのが普通だと思う。)
個人的意見で申し訳ないが、現代のようなストレスがたまり易い世界において欠けているものの1つに「読書の習慣」が欠けているような気がするのだがどうだろう?
(漫画ではなく、絵がない活字だけそしてここで言うのは多読のことである)
本を読んで「作者と共有感を持つ」という習慣がなくなっているような気がする。全てデジタル
画面に慣れてしまって昔の世代の先輩方のように「本を読んで楽しむ」という習慣が全国的
に欠けているのではないだろうか?
「本から学ぶ」という点が欠けていくような気がする。そして本を読まないから論文が書けない
のでは?と答えが出た。大学の教授があれだけ長い論文を連発できるのは読書量が半端で
はないからだと思う。どの教授の研究室も本であふれかえっている。
ストレスがたまり易い受験生のために「気軽にストレスが解消できるものは何なのか?」と真剣に考えたことがある。長時間遊ぶとかえって不安になる。それに受験生という身分だから心底楽しめない。かえってストレスになる。そういう意見を聞いていると「何かないものか?」と真剣に考えた。
そこで、「読書」という答えが最近出て来た。ジャンルは何でも良いのではないか?闘病記、自己啓発、人間関係、幕末本、漫画でも「ブラックジャックによろしく」は良いと思うが、賛否両論だ。
「ブラックジャックを読んで医療の世界に燃えたが、ブラックジャックによろしくを読んで医療の世界に幻滅した」という意見を聞いて考えさせられた。ただ、病院や歯医者の待合室に「ブラックジャックによろしく」が置いてあるケースがあるが、先生方はどう考えているのだろう?

指導記録13

<10月9日(火)>

前日は、推薦入試の意義について述べたが、大学入試全般の推薦入試の悪影響について述べて見たい。(一体、本来の記事の指導記録はどこへ行ってしまったのだろう?)
まず、1番目は学校の中に早く決まる生徒が増えて来ると教室の雰囲気が悪くなることだ。受験は当然のごとく後になればなるほど苦しくなる。3月入試など悲壮感漂うものがある。
考えて見て欲しい。「人生を賭けた闘いを控えた戦士」と「自動車教習所と卒業旅行とバイトを
考えている人間」が同じ教室に混在しているのだ。気合を入れるのも難しくなるし、例え異なる
学部であっても多少は気になるしうらやましくなる。心が折れかける場合も出て来る。
難しい試験であればあるほどテンションを上げなければならないという「心の強さ」も必要とされ
る。当然、孤独感もあるだろう。完全にリラックスしている生徒と無理やりにでも緊張している
人間の話が合うはずもない。本当に苦しいと思う。
もう1つは、早く楽になりたいという気持ちから安易に自分の進路を選択して大学に入り、「これ
はちょっとおかしいぞ?」と入学後に初めて自分が進路ミスをしたことに気がつき、もう1度浪人したり、大学を中退したりするケースが出て来ることだ。
また、大学に籍を置きながら「仮面浪人」をしたり、資格の専門学校に進路変更をしたりする。
医学部から歯学部に変更してわずか1年で戻って来たりする。難関の医学部に入っても「血を見るのがイヤだった」とか言って辞める場合だってある。十代や20代の若者が迷走を始めるのだ。
非常に稀なケースであったが、医学部に合格して行かなかったケースだってある。
「先生、ぼくの目標は医者になることではなかったんです。医学部入試に勝つことだけだった
んです。」と負けることを許さない自分のプライドだけでやる場合だってある。この告白を聞い
た時にはさすがに驚いたが、いい勉強をさせてもらった。
特に気をつけなければならないことは、大学受験に失敗して「その心の傷を癒す」ために難しい
国家試験に挑戦し始める生徒が出て来ることだ。成功例もあるが、失敗例もあるだろう。
新卒の「就職の最大のチャンス」をなくして資格試験も途中で辞めるようになるという最悪の結
末になる場合だってある。また、合格してバッチをつけたからと言って全員が喰えるわけでも
ない。「資格=自動的な人生の成功」ではない。
よく父兄が「本人の好きなようにさせる」と言われるが、判断材料を持たない若者が迷走する
のは危険きわまりない所がある。「頭打って気がついたのは30代後半だった」というのは資
格試験にトライした経験のある方なら今、パソコン画面の向こうで頷いているのではないだろ
うか?
大学受験制度の推薦入試がどんどん早くなっている。何も考えずに合格して迷走する若者が
増加することは容易に予想できる。 入ってみないとわからないのだから。オープンキャンパス
だけでは絶対にわからない。


 

 

最新情報2

skype7.jpgskype6.jpgskype3.jpg

?m?d?v  最後の調整教材で不安を解消する。

【直前対策超短期セット(地方受験生対象)】

いよいよ直前期に入り、当ゼミで地方受験生対象に直前パック対策を準備しました。
自宅にいながらにして短期直前対策を受講できる画期的対策の誕生です。

1、医大小論文DVD(基本編)送付

2、DVDを見た後で小論文5本添削(内倉講師)

3、SKYPEテレビ電話にて添削5本解説と面接ポイント指導(内倉、川添)

                                       受講料 35,000円

<注意事項>

1、ADSL回線または光回線のみ受講できます。

 

2、SKYPE「TV電話」の設定がわからない方は問い合わせてください。設定確認が取れた時
  点で添削解説と面接対策の日程を決定します。小論文のテーマは過去問題、基本問題い
  ずれでも構いません。書いたらすぐにゼミまで郵送して下さい。

  

3、30万画素のWEBカメラとヘッドフォンセットを準備してください。
  パソコンがある程度できる方なら自宅にいながら個別指導が受講できます。

  (設定等わからない場合は事務局に問い合わせてください。)

指導記録12

<10月8日(月)>
関西医大の推薦入試の「適正検査の質問」が多いので多少は書こうと思う。
ただ、医大の入試傾向は、急に変わるので完全に依存することは危険であることをつけ加えておきたいと思う。まず、150分(大問16題、80問)日本語と英語の長文が混在するケースもあり、5個の設問、後半に数学、物理、化学、生物の問題が混在する可能性がある。
3択問題も混在する可能性もあり、資料に合っている、合っていない、どちらでもないと選択させるケースもある。解答の選択肢としてA.問いから読み取れる、B、問いに矛盾している、C、判断できないの中から選択する形式も可能性がある。
面接20分(3対3のディベート形式、面接官3名)、個人面接も面接官3名、(圧迫らしき質問
も可能性あり)小論文50分500字(テープを聞かせて論述させる場合あり)と大体を記述しておきます。問題が急変したらすみません。とにかく徹底的にスピードに注意してください。
受験する人は高校の進路指導部にデータ保存されているはずです。
必ず高校の進路指導部に事前確認しておいてください。
さて、推薦入試というのは意義としてどういうものか?考えて見る。
例えば、皆さんが1台のTVを購入するとしましょう。1台がSONY製品、もう1台がMADE IN CHINAと記載されていて格安だが「保証書なし」と記載されています。
どちらを購入するでしょうか?
そうすると「もし故障したら?」と考えるでしょう。
「保証書なしはまずいな。なんぼ安くてもまずいな」と考えるでしょう。
後輩の電気屋の管理職も言っていました。
「今、お客さん、ほとんど5年保証はいりはりますね。
安心ですからね!」と
よく、長く受験生活をしている受験生が、「推薦と一般はハンデあり過ぎる」と文句を言ったりし
ますが、日本では仕方のないことだと思います。
推薦入試を受験できる生徒は、「学校からの代表であり、校長の保証書」がついているから
なんですよね。推薦入試を受けることができる生徒は、「その学校生活の中でのイヤなこと、
嫌いなことでもイヤな顔をせず、3年間進んで参加して成果を上げて来たという学校からの
保証書を持っているのです」それが評定平均という数字で表されます。
一般社会で言うところの「勤務評定と仕事の査定が高い」のです。
つまり学校という組織の中での勤務評定が高いのです。要するに「人間として安心できる」んですよ。学校の代表ですからね。企業採用のコネだって同じですよね。
要するに相手は「堅いやつ」欲しいんですよ。信用って目に見えないですからね。
だから最初に「電気製品の保証書」の例を出したんですよね。
だから、推薦入試の合格者は「蹴ること」ができないんですね。もし、蹴ったら永遠に
学校の後輩の合格がなくなりますからね。責任重大ですよね。学校への愛好心がなくてもこれだけは絶対にやってはいけないんですよ。なんの罪もない後輩の人生を永遠に閉ざしてしまいますからね。
本当に理解して受けるべき試験なんですね。

 

 

指導記録11

<10月6日(土)>

指導記録のはずが、完全にそれて昨日は教育評論家のエッセイのようになってしまった。まあ、いいだろう。
現場の人間にしかわからないことが読んでいる人に「新鮮な興味や驚き」として読んでいる人に伝わればそれでいいと思う。あまりテーマを制限すると書きにくいという点もある。昨日のテーマに続くことになるが、兵庫県の西宮北口というのは中学入試の日本一の激戦区である。当然、灘高校を目指す、灘に何人入れたかの激戦である。よく灘高校や強い進学校は、「特別なテキストやプリント教材等を使用しているのではないか?」と熱心な父兄から聞かれることがあるが、答えは驚くほどシンプルな物を使用している。プリント教材もしごく普通である。拍子抜けするほどだ。これを読んでいる地方の方も驚かれたのではないか?
ただし、スピードは早く量が多い。
それに対して中途半端な進学校ほど様々なことをやっているものだ。そうです。もともと処理能力の高い生徒達に「何を教材としてやろうとできる子はある程度問題ない」という答えが正解であると思う。「知識のヒントの点を与えれば、彼らは勝手に線としてつなぐことができるんですよ」と聞いたことがある。
ここで、以前「カウンセリング10の記事」で書いたことと「昨日の記事」とがきれいにつながり、
進学高校についていけない生徒が発生することになる。1つは、自信をなくすケース、もう1つ
ははるか遠くに置いていかれ「差」がついているにもかかわらず、プライドだけは高く、基本に
戻らない、戻れないケースの2種類ではないだろうか?
(後者のタイプの方が、教える側からすれば、はるかに扱いにくい。遅れている自分を絶対に認めない。基礎に戻らないからである。言うことを聞かない。聞かないから、更に遅れていく。「何で俺が他の連中と違うことせんといかんのや、馬鹿にするな!」というタイプである。大体、親もほとほと手を焼いているケースが多い。第1親の言うことを全く聞かない。だんだんほったらかしにされて行く。最後はかわいそうだが、誰からも相手にされなくなる。とにかく扱いにくい。「それでも教育者か!」と言われる方がいるかも知れないが、1度やってみたらわかる。)
前者のケースでは、先生は、長年「これ位の説明とケア」でできるものと信じこんでいる。
「ここに来る生徒はこんなもんだよ」と信じこんでいるから余計なことはしない。
「やっと入った子はもう少しケアが厚ければついていけたのに遅れが始まり、だんだん蓄積されていく。そしてはるか遠くに残されたような気がして無気力になる。」
予備校の先生も色々な所に顔を出している先生の方が指導バリエーションを多数持っていていい指導をする場合がある。
いくつかの予備校のノウハウの常に吸収し、様々な種類の生徒から「変化と刺激」を受けているからだと思う。世間で「先生」と呼ばれる人達が高齢化して何十年も同じ学校から移動しないということは大きな問題である。
また、世間で言う「お受験」の成功が決して成功とは言えない場合もある。
単にブランドバックを1つ手に入れただけのことに終わるだけかも知れない。
最後の大学入試だけを成功すれば、それまでの過程は別にどうでもいいという考え方の方が
正しいのかもしれない。その答えはわからない。 なぜなら、スポーツと同じく有名なチームに
入ったら常識の基準が高くなり、自然に「名門の顔」になって伸びるケースも多いからである。

 

 

指導記録10

<10月5日(金)>

高校で授業をしていた経験と予備校で授業していた経験の2つを比較すると、教える側からすれば、私立進学校が最もやり易いだろう。ただ、高校で長く教えているとその高校の生徒が「全国の高校生の基準」になってしまう誤解を感じることが怖い。予備校になると「こんなできる生徒もいるのか?こんなできない生徒もいるのか?」と指導する側のバリエーションが拡がるのが良い点である。要するに1つの学校で教え続けると自然に視野が狭くなるのである。校長先生から「うちの高校では-」とか聞くとだんだんそのようになっていくかもしれない。現在、塾や予備校の先生が学校の中で教える機会が増えて来ているが、もともと「別の種類の人間」が同じ建物の中にいるのだか様々なトラブルが起こる。
まず入試にだけ照準を合わせている人間と中間、期末等のシステムの中で「全て足並みを揃えて歩く」という人間の「やり方の違い」がまず異なる。こういう所をうまくすり合わせないとジョイントそのものがうまく行かない。わかり易く言えば、個人プレーを得意とする技術者と集団プレーと管理第1のスタイルがかみ合わないのだ。お互いの良い所を尊重し合ってコミュニケーションの機会を持つべきだと思う。ただ、高校の先生も「生活指導や学校行事や会議」やらで多くの時間が取られてしまうので大変だとは思う。
もっと「ノウハウの交流」だとか「指導技術の交流会」等があって当たり前の時代に入っていると思うのだが、教育の世界はまだまだ閉鎖的である。まさに「自分以外は全て敵、商売敵のような世界」である。
また、たいしたノウハウでもないのに「ノウハウが流出する」と変に教える者同士が構える世界でもある。まず、「自分達が全員大した人間ではない」という謙虚さを持つべきだ。
民間のサービス業と比較するとはるかに閉鎖的である。これだけ生徒の質やお客の要求も多様化しているのに指導している側は、今だに鎖国状態のような業界も珍しいと思う。
極めつけは、大学の先生が「オレンジ色に変色した何十年も前のプリントを見て授業をする」というケースではないだろうか?
大体、文系の大学の一般教養でよく見られる「老人が指導して携帯世代の若者が授業を受ける」という「これ以上ない位のお互いを理解できない組み合わせ」も相当の無理があるのではないだろうか?指導は若手に任せ、老人の先生は研究発表に全力を尽くすという形が理想ではないだろうか?
年々生徒との「共有感」は離れていくのだから。当たり前のことに対して柔軟に動けない代表選手が教育の世界だろう。 また、改革のスピードが遅い業界でもある。
今までの常識や価値観等全て一反リセットすべき時代に入っていると強く感じる。

 

 

 

 

 

 

指導記録9

<10月4日(木)>

小論文の内倉先生が急遽、やむをえない事情で休校連絡依頼の電話がかり、推薦が近い
生徒の小論文の代行と面接シュミレーションを行った。早く到着したので医大小論文
短期速習(基礎編)のDVDを見直した。
宣伝を意図的にやっていると思われても全くかまわないが、この基礎編DVDは非常に良くできている。とりあつかう内容も「医療ミス」のテーマを使用しながら進むので非常にわかり易い。てっとり早く指導法を再確認するには最高最適のツールである。
とにかく携帯世代の生徒は漢字を忘れている。「誤字脱字は減点だぞ」と注意しながら進む。もう1つは「そのまんま日常会話を文にしたように書く」癖のついた生徒が多くなっていることだ。「携帯メールの長文化」である。こういうのを見ていると長い文をかけなくなるのが本当にわかる。そう言えば急いでメールを打つ場合、「これで用件わかるやろ」といって送信する。その時に書いたメールのような文が複数接着されたような論文と言った方が想像しやすいかもしれない。携帯は日本人の国語能力を自然に低下させる最大の武器だろう。無理もない。ボタン押したら漢字はすぐに出てくるのだから。
「辞書引け」と今の生徒に言うのは無理かも知れない。
漢字検定の人気復活や漢字を当てる「ネプリーグ」のような番組は携帯やパソコンで
低下した能力を復活させるためにはいい傾向だと思う。
面接シュミレーションは「沈黙の空間からの脱出法と準備した原稿の使い方の指導」だ。
更に「視線の位置」「複数方向からの質問が来た場合の姿勢変更」「1人称の使用法」、「入退場のやり方」、「椅子の使い方」等の基本的指導である。

指導記録8

<10月3日(水)>

医学部再受験成功マニュアルという本がある。また、入試成功マニュアルという受験生向けの本も多数ある。こういうマニュアル本に頼ることがいいことか悪いことかは別にして情報を仕入れて判断することは大切なことだと思う。しかし、忘れて欲しくないことは成功マニュアル本の著者や体験記を書く人は、「改めて紙面を準備されて書いてください」と言われると書く人間が「微妙にかっこつけたいという心理が出てくる」ので本当の重要な要素が抜ける場合があると思う。実際はそんなスマートに終了するものでもないことはこれを読んでいるみなさんもわかるだろうと思う。
むしろ、「こういう部分で大失敗した。だからやるなよ」という恥も外聞もない失敗マニュアルの方がはるかにためになると思う。どこかが出版してくれないだろうか?「縁起が悪い」といって絶対に出ないと思うが、失敗の疑似体験の方がためになると思う。
しかし、最低3000部ははける予想がないと出版社が動かないと思うので無理だと思うし、こんな本が表に出ることはないだろう。
かつてF出版やB社の有名な作家の手伝いをした経験から言えば、「こういうことは書かないでくれ」、「こういう風に変えてくれ」と色々な制限が出版社から伝えられるのでかなり元々の原稿から変えられてしまうのでしらけたことがある。
たくさんの人が目にするという前提を考えれば、自分を美化したがるという気持ちが出て来て当然である。「物」として残るのだから。書けるチャンスを得た人には記念である。うれしくなって当然だ。友人、親戚一同に得意満面で配るだろう。
例えば、次の文を読んで欲しい。「朝から晩まで僕は大阪ミナミのジャンボカラオケにいた。親戚がその時の僕を見るに見かねて修行僧が行く山梨県の山奥の「滝に僕を打たせる」ために車で拉致してぼくを強制的に連れて行った。その後、僕は家を出た。行くあてなどない。住み込みのバイトを探した。そして喰わないと死んでしまうのでダイハツの工場で単純作業1日13時間をやった。死ぬほどきつかった。油だらけの軍手をはめて手がしびれて来た。手がしびれて「はし」が持てないのでごはんが食べられなかった。すぐにこんな仕事やってられるかと思い3日で辞めた。そこから逃げたという方が正解だ。「いったい何をしてるんや俺は?」と初めて反省した。この時ぼくは初めて入試に本気になったように思う。今までは自分の責任から逃げていた。正直もう遊びに飽きたというのもある。僕は、携帯電話の悪友の番号を全て削除した。自宅の電話に悪友からかかって来ても「家出した」と全て親に伝えさせた。」どうだろう。この方がよっぽど説得力がある。全て書きたいが、ゼロからの人間がいかに改善したかが、たったの数行でわかる。この生徒は今は素晴しい人間に改善している。本当に思い出に残る生徒だ。
確かに成功本にも良いことはたくさん書いてあるが、最後は微妙に「きれいごとのオブラート」にさわやかに包んであるような気がする。
ヒーローになるチャンスが来たのだから当然と言えば当然かも知れない。専門家というのは、「あらゆる失敗をしている人間、あらゆる失敗例を知っている人間のことを言う」と有名な人に教わった。

<指導記録>
もともと指導記録だったので指導記録も書いておこう。今、東海大学の英語の
セルフ模擬試験だ。東海は理科1科目という魅力と英語の長文が1題というの
が受験する側からすれば最大の魅力だ。ということは1番の長文をいかに攻略
し、最後の英作をいかに書くかが最大のポイントになる。ただ、受験生が受け
易いということは当たり前のごとく「倍率の増加」につながる。毎年、文系崩
れの受験生が帝京だけを狙うのと同じだ。科目が選択できるということは、誰
にとっても魅力であり、高倍率の引き金となる。

指導記録7

<10月2日(火)>

指導記録がだんだんポイント紹介などのようになって来ているようだが、まあいいだろう。年明けまでわずか90日となり、推薦やAOの願書受付も開始されて「緊張状態」に
入り始めたと思う。家族との「夕食の団らん」もだんだん口数が少なくなり、ぎこちない状態に入っているかも知れない。父兄の中には「寝ていない方」、「好きなことを子供の受験が終わるまで制限される方」、子供より先に寝ない父兄の方などは、自分がつぶれてしまうと他の家族が大変になるので止めた方がいいと思います。しかし、受験生に「普通にしてくれ」と言われてもなかなかできないことも理解できます。よく受験生の父兄が「受験がこんなに精神的にしんどいとは思わなかった」と口にされます。
これを読んでいる受験生にひとこと「ボクサーの妻が夫が殴られてKOされると同時に会場で見ていた妻も病院に運ばれる」ということがあります。つまり、親も何らかの形で「同じ痛み」を感じているのですよ。親子の愛情はどこも純粋なものですよ。気がつかない受験生にさらにひとこと加えておきます。「子供の受験が終わるまで親はどこに遊びに行っても楽しくないんですよ。ゆっくりしているようでしてないんですよ。しているふりをしているんですよ。何も言わないけど精神的に同じように悩んでいるんですよ。」もう大人なんだからそれ位は気がつくこと!
子供がんばっているのに心配しない親いないですよ。子供より早く寝てても目つぶって心配しているんですよ。受験近くなると朝一番に「あなた」のことを考えてるんですよ。そのことを忘れたらダメですよ。
次によく父兄の方が「あの直前のがんばり」を最初からやっていればいいのにと言われますが、それができたら苦労はありません。あまり早くからやると「スタミナ切れ」を起こします。
ただ、「落ちて改心する」「社会に出てから改心する」「頭を打って初めて改心する」「した方がいい苦労」というのもありますからね。
例えば、現役で合格した生徒が天狗になり、自分を過信して「自分以外がバカに見える、他人を下に見る、弱者の気持ちがわからなくなる」というのも大きな問題ですからね。こうなると現役で合格した方が良かったのかどうか?子供の人生を長期的スパンで見る必要がありますよ。いずれ、患者からつるし上げられて、「人の気持ちのわからん医者だ」と悪評立てられて「相当のつけ」が後で廻って来ますからね。例えば、「他人の葬式」と「自分の身内の葬式」は全然ちがいますよね。初めて身内がなくなって葬式の意味がわかったりしますよね。自分の身に降りかからないと絶対にわからない。
挫折を経験しないと「調子に乗っていた自分」に気がつかない。短期で判断するのではなくて長期で判断することも必要ですよね。人間って何十年も立ってやっと初めて気づくことばかりですよね。「俺はこの年までわからんかったのか、情けない」ということは結構ありますからね。今日の記事は父兄向けのカウンセリングになったような気がしますね。

指導記録6

<10月1日(月)>

解答用紙はきれいに書く。これはよく聞かされたポイントであると思うが、言ってみれば「採点者への感謝と心づかい」のような気がする。私事で恐縮であるが、かつて高校入試の採点で分担して採点した経験がある。記述の部分の解答になると、「一瞬で読む気がなくなる」解答とか出てくる。実際、読みにくい字の解答は「全く見てもらってない」という可能性はあると思われる。目が疲れてくるため嫌になるという理由もある。
よく新年の年賀状アルバイトが「あまりにも多すぎて疲れて面倒くさくなって年賀状を捨てる」という事件が新聞に掲載されるが、あれと同じような考えになることは否定できない。
例えば、今はコンピューターで瞬時に判断する所がほとんどだと思うが、記号問題で解答がイ、イ、ウ、エ、オ、とする。これを300枚連続でやると当然途中で麻痺してくるのだ。「あれ?イイアエオだったけ?、たしか5枚位前の解答はそうつけたような、そうでないような?」とか出てくるのだ。頭の中で一瞬違うことを考えると、集中力が分散されて記憶が不確かになるのである。若い先生なら持続力もあるだろう。
単純作業が飽きてくるのである。「しっかりつけないと」と思いながら頭の中に一瞬邪念が出て来たりする。入試で記述問題の部分点など公開したらえらいことになるから絶対に公開できないだろう。だから大学は、予備校関係者を嫌う。そういう点で2次の小論文とか面接というのは「僅差の勝負」の中で非常にわかりにくい部分である。
また、女子の生徒が良く書くような「丸文字をきらいだから見ない」とか聞いたことがあるが、本当かどうかわからない。大体、600字〜800字を切羽詰った状態で書く訓練を受験生が振り返って小、中、高校と何回やれたか?を考えると無理がある。大体、文章指導というのは本格的に指導されるのは、通常は大学院からだろう。そう考えるとこれまた無理を与える科目ではある。結論として記述の解答というのは採点者に対して感謝の気持ちを込めて「絶対に最後まで見てくださいね。スルーしないで最後まで読んでくださいね」というたぐいのものかも知れない。