2008合格

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【2008合格実績】

徳島大学医学部(推薦)

鳥取大学医学部

金沢医科大学 (2)

藤田保健衛生大学医学部 (2)

東海大学医学部

兵庫医科大学 (3)

獨協大学医学部

東京女子医科大学

埼玉医科大学

大阪薬科大学

神戸薬科大学

関西医科大学(繰上げ)

大阪医科大学(後期)

大阪歯科大学

日本歯科大学

【追加報告】
摂南大学薬学部 (後期)
金沢医科大学  (3月25日繰り上げ)
東海大学医学部 (3月27日繰り上げ) 

 

【Tさん(親和女子高等学校)のお母さんより】  
この度は娘が兵庫医科大学に合格させていただきありがとうございました。
通い初めてから魔法にかかったように勉強し始めました。医学部に合格
するとは思ってもいませんでした。2次の面接の前の日は「早く試験を受け
たい」という位強気の姿勢で行くことができました。 ありがとうございました。                      

 

<NEWS> 

カウンセリング10の記事指導記録50の記事で登場したT君の合格体験記
を掲載予定です。
進学校での成績完全最下位(評定2.0)から4教科の偏差値上昇合計116.7
偏差値上昇合計100ポイント超え達成!)そして医学部合格までの本人の「心の
暗黒状態」から合格までを本人に書かせています。全国の進学校で落ちこぼれた
生徒達にきっと大きな勇気を与える記事になると思います。

 

【関連記事】

カウンセリング10 (進学校だからこそほったらかし)
http://www.phenix-zemi.jp/archives/20070913.html

指導記録50        (2つ目のウルトラ記録)

http://www.phenix-zemi.jp/archives/20071121.html 

 

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  偏差値上昇合計100ポイント超え達成の多田君

(4教科合計116.7ポイント上昇)

金沢医科大学(繰上げ合格)

藤田保健衛生大学医学部合格

 

【進学校の知られざる暗部と復活記録】                      by 多田

その日、何故か眼鏡を忘れて来た。合否提示はエントランスの2階にされて一階から見上げるようになっており、自分の視力では何が書いてあるかさえわからなかった。しかし、自分では結果は分かっているつもりだった。「多田君、君の番号あるよ」 
同じ小学校で一緒に受験した友達の父親がそう言った。(友達は父親同伴、自分は一人だった)
それを聞いてたちの悪い冗談だと思った。
とりあえず父に「とりあえず受かったらしい」と電話した。急いで駆けつけた父はわが事のように
喜んでいた。その際、眼鏡を頼むのを忘れてしまい、結果として自分で確認はできなかった。

 こうして自分は、最難関私立中学に合格した。ちなみに友人は落ちた。
彼とは試験後に即当時流行っていた最新のゲームソフトを買って一日中やり通した。
彼がすんなり結果を受け入れたのか家に帰って一日中泣いたのか自分は知らない。
とにかく自分は受かった。
もう少し、当時の自分を説明しておこう。
自分は大手ではない小規模の塾の中で4クラス中一番上のクラスの最下位程度の成
績だった。だから合格するのは無理だろうとずっと言われて来た。
事実、かなり下の中級位の進学校にその塾の中で自分だけが落ちるということをしでかした。
それを聞いて母は寝込んだ。
そんな中での合格確実と言われた人達の半分以上を出し抜いての合格である。
完全にダークホースである。親もここに入ればもう将来は安心だと思ったろう。
しかし、ここから「選ばれた落伍者」にしか体験できない苦労を味わうことになるのである。

中学校最初の中間の英語の成績が50点。これが中高一貫で取った最高の点である。中学校
下位の成績でなにごともなく終わった。高校生になり、進路のことが話に出て来るようになった。
この学校の中堅以上の人は、全国トップクラスとも言える成績だ。なので大半の人達はみんな
京大、阪大工学部を目指すと軽く口にする。こうなると居場所がなくなるのは偏差値30、40
クラスの最下位の者達だ。
話についていけず、授業は聞いているだけという状態になる。自分のやる気がなかったのは、
阪大工学部に行って何をするのか?全くビジョンがなかったからだ。他の人は入ってから考え
るということであったが、自分は工学部行ってどうするのか?という疑問を感じてしまった。
その頃から医療の道に進みたいとは思っていたが、成績が悪く、無理だと思ってあきらめ、
モチベーションが下がってまた成績が下がるという負のスパイラルに陥ってしまった。
進学校の最下位には、自分と同じように何かのスパイラルに入ってしまい、成績もモチベーシ
ョンも低いまま、何を目標にすればいいかわからず、無気力に過ごしている人が必ず数人は
いると思う。もちろん、そのまま卒業して浪人した人の中でも少なくはないだろうと思う。

                                                <続く>


【合格者インタビュー(抜粋)】
今年の夏にお母さんと近況報告に来られました。 2008年8月23日(土)

寺田葵衣さん(親和女子)兵庫医科大学進学 現役合格

Q: どうですか兵医での生活は?
A:
  非常に忙しく充実しています。現在、合気道部のマネージャーをしています。

Q: 将来は何科に行くの?
A: 
アトピーで苦しむ人達を助けるために皮膚科に進みたいと思っています。
   私も苦しみましたからね。

Q: 本当に良かったね。 浪人しようと思ったことあった? もしかして今年の入試要項に
     写真付きで出てたりして
A: 
学校で医学部合格したの2人のうちの1人ですからね。一瞬考えたこともありますが
    今は満足しています。要項に私は出てませんが合気道部の美人の先輩(P35)が出
   てますよ。でも兵医の広報の原稿に私が書いた部分があるのでまた見てくださいね。

 

Q: お母さんもやれやれですね。どうですか?
A:  そうですね。本当にお世話になりました。
 兵庫医大と父兄の食事会があったんですが、
     留年者の浪人年数や出身予備校なんかの説明もあったので驚きました。こんなデータ
     まで保護者に説明するとは驚きましたわ。
 
       

PS: 患者さんに信頼される素晴らしい女医になってください! お菓子ありがとう!

 


【ここから産まれた2つの奇跡】

    1、小寺礼香さん(帝塚山)   偏差値45から最短7ヶ月での東大現役合格
                       TV出演及び雑誌「女性自身」に記事が掲載さ
れる。
 

 

2、多田陽夫君(甲陽学院)  高校時代の評定2.0から医学部合格
                    4教科偏差値上昇合計116.7ポイント
                
(上昇合計100ポイント超え達成!)
            驚異の成績上昇記録達成

 

                                   

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  最後に笑顔を!

  

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