大阪市北区のフェニックスゼミは、少人数指導&個別指導の医歯学部受験専門予備校です。親元を離れて寮に入りがんばっている地方からの受験生も毎年います。

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コース案内と指導記録-5

医歯学部受験予備校指導記録81

<12月27日(木)> コンテストと「理由付け」 (一分懺悔録含む)

1月3日に小論コンテストを開催する。予想問題を使用して順位をつけ、その順位の理由付け
までの理解をさせるというコンテストだ。問題は商品だ。こういうのを私がやるとまずしょうもない商品を選んでしまう。図書券は無難だが、あまりうれしくなさそうだ。いまさら図書を購入する時期でもないだろう。

問題は女子が優勝した場合だ。過去の2つの記事を見ただけで選ぶのに失敗すると誰もが思うだろう。「みたらし団子」をたくさん買って、「私を太らせる気ですか?」と言われたこともある。その時は、「甘いもの」は疲れが取れるものという意識しかなかった。

「勉強」をおもしろくするものに「競争」と「タイマー計測」がある。この2つをどういうタイミングでブレンドするかで1日の充実感が大きく変化する。スポーツでもなんでもそうだが、「だらだら長時間やる」というのが、最悪の訓練だと思う。以前に書いたと思うが、ずっと家庭教師とか年中ずっと個別というのは良くないパターンだ。

勉強を楽しく継続させるために「刺激」「カンフル剤」をどう注入するかが問題だ。「時間の立つのを忘れさせる」、このプロデュース力が問われる。その次に理由だ。「理由の説得力」だと思う。例えば、医学部なんかの受験生は模擬試験でE判定の嵐をもらう。精神的に崩れまくることも何回かある。9ヶ月間モチベーションをキープさせることは大変だ。

私自身も中学の時期に数学の教師に、「先生、こんな計算スーパーのレジで使うんか?」とか古典の教師に、「先生、時代は未来にむかっとるのに、なんでこんなの勉強するんや?何のために使うんか?」とか理由を説明してくれと因縁つけていた。

現代国語の教師に自分の答えが外れた時に「先生、この答えで作者は本当に納得しとるんか?証拠見せろや!」とか授業を一番に妨害していただけに理由付けは大切だと思う。
中学の時はどうも自分のコントロールが不確かだったと思う。

大体、生徒会役員が先頭切って授業をかき乱しているのだからとんでもない。
ヒーローを演じきって調子に乗っていた「生意気なガキ」以外の何物でもない。
当時の自分が今、目の前にいたらコテンパにたたきのめしたい。

もしかして見ているかも知れないから(もう亡くなっているかも)謝罪しておこう。

「久松先生、川尻先生、校長室で1人だけでとんがった思想の改善まで指導してくれた下野先生、当時は生意気なことを言ってすみませんでした。」

下野先生には30年立ってから会う機会があり、当時の無礼を謝ることができた。
当然、先生は完全に忘れていたが気持ちとして完全にスッキリした。良かった。
自分の中で消えてなかった1つの罪悪感が完全に消えた。

もし、今当時の先生方に会えるのなら土下座して心から謝りたい。もしそういう経験のある生徒が今見ていたら、何十年か後に「懺悔の念」に苦しめられるからできるだけ早く菓子折りでも持って謝りに行った方がいいよ

謝りたかった先生がもしも亡くなっていたら罪悪感残るよ、これは絶対に後悔につながるよ。年取ってから思い出してつらくなるよ。

先輩としてアドバイスしておきます。他の先生に聞いてみたら、やはり同じ経験の人がいた。非常に頭のいいその先生は、授業中でもずっと内職をしていて、先生に注意されたら、「お前、俺より頭悪いくせに俺に注意するな!」と言って完全に反抗していたらしい。(笑) 誰とは言わないが...

これは言われた先生も呆れただろう。私の場合は一応かき回してはいるが、ここまでひどくない。興味が持てなかったというのも認めるが....

自分より強烈な言動の先生がいて少し安心した自分が情けない。

そしてその先生は年を取って、家族もできてから当時の自分の態度に自分で自分を許すことができずに苦しくて苦しくてたまらなくなり、20年以上たって「焼酎」を持って謝りに行ったそうだ。先生達は当時のそんなことは全て忘れていたらしいが。いい実例だと思う。

色々と苦労して人間丸くなっていくというのはわかるはずだと思う。
そうすると過去の失敗経験が蘇って来てものすごい「懺悔の念」に苦しめられることは誰しもあると思う。
これが少ない方が絶対にいいよね?そうだろ?

上記の自分の懺悔の経験から個人的に中学生の指導は苦手だ。
この上記の質問に対して全国の指導者の方はどう答えますか?

そういう自分を認識していただけに今は「説得力のある理由」を特に大切にしている。
例えば、数学の計算力がない生徒や雑な処理をする医学部志望の生徒がいるとする。どう言うか?多くの指導者なら「君はこういう計算の仕方をするからこういうミスが起こる。そしてこういう点を直せば、ほら、ここで点取れるやろ」とか言うだろう。私ならこう言う前に静かに落ち着いてついてこう言う。

「いいか、お前な、 計算てな重要なんや。何でかわかるか? お前がな 計算してな
「薬の量」間違えたら人死ぬで、死ぬんやで」と言う。事実だから説得力がある。

これで聞く姿勢の下地が瞬時に出来る。
その後に加えれば「すー」と入ると思う。

こういう「言葉のテクニック」をどれだけ持っているかで、どこでどれ位かけれるかで姿勢は決まると思う。「さ~今日はここからね!」だけのワンパターンを自分が年中聞かされてやる気になるわけがないと思う。

後悔を残すな

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なんの情報か忘れてしまったが以下のような感じだったと思う。

アメリカで90歳以上のご老人に聞いたものです。

質問は「90年の人生を振り返って唯一後悔してることはなんですか?」

これに対して、なんと、90%の人が同じ答えでした。、
それは……
 
「もっと冒険しておけばよかった」らしい。受験勉強にしろ何にしろ後悔の原因は1つのような気がする。
「自分がその時にできたことをやらなかった」からだと思う。

そうだな、チャンスを掴んでやったことにあまり後悔はしないよな?
(犯罪や悪事は別だが....)
男ならわかると思うが、好きな女の子がいて勇気なくて告白できなくて後悔してるケースあるよね? 実際読者の中にもかなりいるだろ?

かなり勇気いるからね、心臓バクバクしてね。(笑) 断られたらどうしようって思うよね?
見てるだけでいいって言う人ってあんまりいないでしょ? 

でもチャンスがある時に行かないとね。後悔するより撃沈した方がいいよ。

これね、30歳や40歳や50歳以上になっても引きずってる人いるのよ。
理由は「断られて撃沈するのならまだしも、告白しなかったからだよね?」
「撃沈というか勇気を出して告白して爆死してないからだよね?」
勇気出して、撃沈して落ち込んでないから「たら」、「れば」が残るんですよね?

だから必死でその女の子目当てで同窓会に気合い入れて出るようになる。
「もし、告白していれば...うまく行ったかも....」と何年も悔やむ。
「青春の忘れもの」を必死で思い出したように取りに行くようになる。
こんな人にならないようにね。

でも、実行した人はね、その勇気を出して行動を起こした体験が素晴らしいですよ。
今までの「びびりの自分」をその時に超えてますからね。
結果はどうあれ自分を評価すべきですよね?

勇気を出して飛び込んだからですよね?
すごいじゃないですか!、えらいですよ。

やらなかったら指くわえて見てるだけで自分が傷つきもしないけど、欲しかった答えもわからないですからね おまけに大きな後悔も後からついてくる。
この差は大きいですよ。

あるいは後悔が強すぎて高価な探偵に「今、どこにいるか探してくれ?」を依頼する人もいますよ。 Facebookなんかで必死で「昔のあこがれの彼女」を執念深く探し始める。ここまで来ると軽いストーカーみたいになってる人いますよね。
知人にもいますよ。もう執念みたいになってる。もう中年ですよ?

こんな風にならないようにね。同窓会に人生の全てを賭けてしまう。

そこでその子が同窓会に欠席したり、結婚していることが判明してやけ酒に浸る。
もしかしたら予想を裏切って「うまく行ったかもしれない」と妄想にふけるのよね?
そうすると今の人生よりもっと素晴らしくなっていたかも...
とか思うんですよね。 奥さんがいてもね。(笑)

だから「初恋の人探しますって業者」人気あるでしょ?
需要あるんですよ。たくさんいるんですよ、まだ撃沈されてない後悔だらけマンがね。
これ、本人必死ですけどあまりかっこいいもんじゃないですよね?
できれば避けたい。人によれば血迷っているようにも見られるしね。

だから「このチャンスを逃がしたら後悔するな!」って予想できる能力って重要ですよね?

だって「私ね、後悔だらけでもう10年以上も長年後悔し続けてますよ。」
なんてなったら最悪ですよね。 もうすでに後悔ある人はね、これ以上増やさないようにしないとね、ダメですよ。

年を取れば取るほどこれって強くなるんですよね。 未練だらけですよ。

だから
「やれる時にやれることをやるって重要なんですよね」
やらないで見ているよりは、やって撃沈した方がスッキリして何年も後を引かないですよ。
きっとその方がいい。


何でもそうだけどあきらめつかなくて何年も引きずる方がつらいよね。
若い時にしかできない失敗ってあるからね。
たくさんいるでしょ?

勉強もスポーツも趣味もそうだね。
どこかで書いたとは思うんですが親に受験料の件で気を使って受験校減らす生徒っているでしょ?そんなことしても誰も喜ばないですよ。
美しい美談に酔いしれてるのは自分だけですよ...

チャンスは1回しかないのに、後で家庭教師でもすりゃいいじゃないですか?
すぐ返せますよ。そこがわからない。
後悔を残す方が良くないですよ。下手すると後悔が何十年も残りますからね。

 
PS:「上の後悔してるのって実はお前じゃないのか?」と誤解されても困る。私は無謀にも高校時代に学校ナンバー1の美人に告白して見事に撃沈している。
告白する勇気って結構いるよね?本命としゃべるだけでろれつ廻らなくなるよね?

ジェネレーションギャップだと思われるが当時は「撃沈したら頭を剃る」というのがあった。頭をゆで卵のように剃るんですよ。床屋さんのおじさんが「本当にいいんですか?」と確認して来る。剃るとね、頭がね、緑色みたいになりますよ。 冬は寒いですよ。
他人の自分の頭への視線がよーくわかりますよ。

やけクソでまゆげも5ミリ位にそってね、その時運悪く卒業アルバムの写真撮影の日ですよ。今、見ると全国指名手配犯人のような写真ですよ。(笑)
家族にも見せられない位の写真ですよ。気の弱い人も後悔する位なら告白して撃沈して「笑うなら笑え!」位の気持ちで頭を剃ってもいいと思うよ。

それこそスッキリするよ。悩んでいる人はここを読んでぜひとも突撃してくれ。
健闘を祈る!絶対何十年も後悔するよりましだよ。
撃沈したら私のように頭を剃ればいいよ。 (笑) ただね、頭の形の悪い人はね、止めた方がいいな。それと人相の悪い人は止めた方がいい。

私のように自他共に認めるさわやか100%ならいいが(ここ笑う所ね)、人相の悪い人はね、変ないんねんつけられたり、町を歩いていたら「お前、どこの組のもんじゃ~」とか言われる可能性があるからね。
止めた方がいいよ。

 

<~気づく能力チェック~>

海外の大学で美術部の部員に協力してもらい、以下の実験が行われました。2つの
グループに分かれ陶器を創ってもらう実験です。1週間後にどちらが素晴らしいもの
を創れたかという評価がくだされます。

 

<問題>

以下のどちらのグループが評価の高い作品を創ったでしょうか?
理由も述べてください。間違えた人はまずいですね。(制限時間5秒)


 

Aグループ:作品をたった1つだけ創る。「最高の作品を創れ!」との指示が出た。

Bグループ:とにかく多数創れ!、その中で一番いいものを選ぶ。

 


正解は自分で考えて見てください。解説する必要もないでしょう。これは
受験勉強にも大きく影響する質問ですよ。間違えた人は長期化しますよ。

 

医歯学部受験予備校指導記録82

<12月28日(金)> 性格の影響

医学部志望の受験生で思いっきり数学や物理や化学が出来て英語が嫌いという生徒がいる。
また、英語が思いっきり出来て理数系が弱いという生徒もいる。

前者は深く考え過ぎて、ひどい場合は「英語は記号の羅列」にしか見えないとか言ったりする。
「英語のOSが俺は入ってない」とか自分で言ったりする。英語の暗記に拒絶反応を示す。
おもしろくないのだろう。「覚えられない」という場合もある。

後者は私立医学部専願に多いのではないかと思う。
「理数系ができんのは親の遺伝だからしゃーない」と堂々と言う場合もある。

田舎の「素直な生徒」は「情報とやり方」さえ指導すればものすごくがんばると思う。
「素直さ」は重要な要素だと思う。

最も伸びないのは「わがまま」な生徒、「批判だけを生きがいにしているプライドだけは高い生徒」だろう。こういう生徒が自分のわがままだけで個別指導だけを望む場合がある。単なるサービス業だからできるだけニーズには応える。

個別指導を最後の最後まで完全評価できない理由の1つに
「わがままな生徒のわがままを助長するシステム」になりうるというのがある。

大体、人間社会は人と人との接触を避けて通れない。
ある意味でそれを「遮断する指導」になるから。

確かに何度も言うが、「短期スポット強化」や「弱点短期補強」に効果を与える点では評価する。直前の追い込み等は個別がいいだろう。それはそれで納得する。

問題は「わがままな性格」だけから来る「わがまま個別」だ。
しかし、わがままな生徒が一生、自分だけの快適な空間に居られるわけがない。
どうせいつか頭を打つことがわかっているだけに、ある意味「不自然な指導の一面」がある。

また、変なプライドの高い評論家受験生は、どん底に落ちて自分自身で改心するまでわからないだろう。父兄もそこまで忍耐強く待つ必要がある。

しかし、そこから改心して復活したら本当に強いと思う。 そこまでの時間は短い方がいい。

そこから初めての「本当のスタート」だと思う。
「苦労して30歳超えないと親に自分から歩み寄れないし、心から正対できない」というのと同じだ。
「下宿しないと親のありがたみがわからない」という言葉もある。

次に話題になったから覚えている方も多いと思うが、小学校で「リレーやかけっこをさせない」学校があるそうだ。みんな手をつないで全員でゴールさせるそうだ。
理由は、「あからさまな順位をつけることは教育上良くない」という理由からだそうだ。

これはどう考えてもおかしくないか?
どうせ、競争社会にどんな形であれ、子供はいずれ放り込まれるのだからあ然とする。

個別指導塾も今、駅前に多数ある。個別の良い点は「その使い方」にある。
そして「孤独感を感じさせない、危機感を忘れさせない細かい管理者の目」が行き届いていれ
ばの話である。これが抜けている個別は形だけのニセモノと言えるかも知れない。

しかし、それを集団と併用するとものすごく運営がしにくくなるし、相当管理者が優秀でないと廻せない。運営のミスが多発する。単純なシステムが運営はしやすいし利益も産み易い。
個別指導教室が単なる「おもり」だけ、「託児所」の代わりだけの場合も多い。

気がついていないのはお客さんだけの場合が多いが
お客さんは、「うちの子だけを見てもらえるという形だけの単純なシステムの点しか見ていない」
また、今日の記事のような点まで考えているお客もほとんどいないだろう。

久々の盲点追求の記事に力の入る自分を感じる。

わがまま個別の最大のマイナス点は「心地良い空間」にひたり過ぎて、点数が伸びないということだ。ためしに集団指導だけしか経験したことがない生徒を長期間個別だけをやらせて実験してみたらわかる。自然に視野が狭くなり、最後は孤独感を感じる場合もある。
(ここが最初の危険ポイント)

その時期を越えると今度は個別だけしか反応しないようになり、最後は、目標となる基準もわからなくなる場合さえある。言われたことしかしなくなる。ホテルのルームサービスに慣れきって、それを当たり前と思うと家事はしなくなるだろう。
ここまで来るとある意味危険だ。

「自分だけが心地良い=危機感が研ぎ澄まされない」という意味である。
更に個別だけを取り続けると料金が高くなり、演習量が十分に提供できないということも大きな問題である。だから、少人数集団指導との合体がベストではあると思う。それでもレベル差が顕著な場合は更に別のフォロー体制を考慮しなければならない。つまり、永遠に完璧はないと言える。 

「あれ?ぼくは自分の判断でこういうやり方をしているのになぜうまくいかないのだろう?」と気がつく時が来る。親も「子供が気にいっとるから別にええんちゃう?」となっている。

「冷静な第3者の視点」の視点を受け入れることができなければ、いつまでたっても進歩はないと思う。

だから、大企業の謙虚なトップは、専用のコンサルタントやカウンセラーやらをつけている。
お寺のお坊さんに相談している場合もある。それだけ「冷静な第3者の意見」は貴重なものだと思う。

また、「自分を客観的に判断しようとする、してもらう努力」も同じくらい大切だと思う。

受験勉強の重要な点としてだんだん月日が進むにつれて人の意見 を聞かなくなって来る場合がある。いや聞く余裕もない、という分析だってできる。

夏までは聞けるが9月位から焦り始めて、おろおろして「から廻り」し始めるのである。

冷静に人の意見を受け入れられる余裕と素直さも重要な要素と言える。
「ごう慢や頑固さ」も敵と言えるだろう。

「最大の敵は誰ですか? 自分です。 自分の弱い心です」と言えるように、受験生は自分の心と闘っているというのが真実のような気がする。

そして受験勉強の重症患者は、指示がなければ動かくなる。すなわち 「入試に間に合わせることができない」ということになる。こういう世界では、「自分で鎌を持ち、ジャングルの小道を開拓していく能力」が最も必要であり、その能力を潰してしまう危険性を持つというのが結論だと言える。

わかる人にはわかると思う。

 

<~気づく能力チェック~>

保護者面談をしていると「先生、私の育て方が間違っていたと思います。」と自分を
過度に責められる保護者は多い。この世界で多いのは

無駄にプライドだけが高い

頑固で譲らない

わがままが長年染みついて取れない

この3つが最も多いと思うし、これは本当に改善しにくい。成績の上昇を性格が邪魔
していると言うのは真実だろうと思う。私も含めてそうだが「こんな当たり前のこと
に気がつくのに何十年もかかって情けない」と反省することは多い。

 

例えば「自分の世界観を否定されるとそれが真実であろうと瞬時にムキになって怒る
人、キレる人」はダメですよね。もう人生で損するのは確実ですよ。
そういう経験ある人も注意ですよ。ないですか?、そして完全に治ってますか?

 

それを「悔しいけど認めざるをえない」と言えるようになっただけでも大きな成長
ですよ。そうならないと。人間は最後まで人に囲まれ、人から刺激を受けて生きて
行くべきものですよ。これを早く直さないと鎖国状態の人で終わりますよ。
いずれ何の改善情報も入らなくなりますよ。人が逃げて行きますからね。

<今日のポイント>

バカは気づかない、更にバカは気づくことに遅れる。

救いようのないバカは、気づかない自分にさえ気づかない。

気づかないからチャンスを失うし、後悔に直面するだけで終わる

残念なことに「気づくのが遅れて後悔する時は決まってもう人生の

先が見えてもう勝負がついている時が多い。」

言いたいことは恐ろしく気づくのが遅いのが人間だと言うことです。

 

<今日のポイント2>

ある有名な九州の先生に教わったことです。人間は悩みます。

悩み続けます。その答えを頂きました。

「悩むということは決断できないと言うことです。決断できない

と言うことは簡単に言えば、あなたに知識が足りないと言うことです。

知識が足りないから悩むのです。悩みから解放されたければ自分の

知識を究極まで上げればいいのです。」

これが自分の母親から小さい時から教えられた

「勉強は死ぬまでやりなさい。明日、棺桶に入るその前日までやりなさい。」

に通じることだとわかりましたよ。

悩みから解放されたければ、知識の量を徹底的に上げることなんだと。

単純だけど「気づかない重要なこと」なんですね。

 

2009、6月19日 ある医大入試担当者から

2次試験は何のためにあるかというとどこの大学にもいると思うんですが、予備校まではナビゲータがいるから勉強するんですよね。でもね大学になると自分で能動的に勉強しなければいけない。新入生でナビゲーターがなくなると同時に「どうしたらいいかわからなくなって精神的にダメになる学生が出るんですよね。」

多い時は年間に10人位出るんですよ。
良き臨床医を創るのが目的だからそういう生徒をあらかじめ見抜くためにあるとも言えますよね。だからうちの面接は、予備校等が絶対に読めない形でやりますよ。

3人のうち2人がオーケイ出してもなぜそうなのかまで議論までしますよ。だから準備してもそれ以上のことをしますから無理ですよ。


<感想>

大体は聞いたが、「これはお手上げだな~」というのが正直な感想でした。対策のしようがない。市販されている本を取り出し、「この本に書いてある質問事項ではないのですか?」 それ間違ってますよ。うちはもっと深いですよ。と返答された。

絵や写真を見て「タイトルをつけてくれ」から更に理由を深く突っ込まれるとどうしようもないだろう。あるいは「それについての絵を書いてくれ」だからどう考えても無理だろう。

ただし、熟練した小論文の先生は瞬時に何を狙いにしているのか、見抜くことができる。
これはすごいなと思う。

わかる人にはわかるんだなと改めて感心する。

医歯学部受験予備校指導記録83

<12月29日(土)> リーダーとしての魅力

11月位だったか、久しぶりに公立小学校と私立幼稚園の公開授業を見に行った。感想はどうだったか?圧倒的に私立幼稚園の方が上である。最初の導入部分ですぐにわかる。
公立小学校の場合はわずか15分で出た。耐えられない位だるかった。やはり、「サービスのレベル」は厳しい競争にさらされないと落ちていくものだと思う。
競争があるからこそお客さんは幸せになれると言える。

そしてその中で必要なものを選択し、気にいらなければ自由に捨てればいい。
お客に捨てられたら消えればいい。それだけだ。誰もさほど気にしない。

かつて予備校の先生が話術を磨くために、アナウンサー教室に通ったり、見栄えを良くするためにプチ整形までしていた人もいた。女性の先生でセクシー極まりない服装で登場していた人もいた。わざわざ「ぬいぐるみ」を着て授業をしていた人もいた。

もう時代がそういう時代ではないし、そういうのを喜ぶ生徒は市場からいなくなるのでもう意味がない。

ただ予備校の先生の方が学校の先生より授業がうまいのは当然だ。
それしかしないのだから。ただ、アンケート至上主義のために弊害が生じるのが難点だ。

例えば、100人受講生がいるとする。75人が薬学部志望者で残りの10人が工学部、10人が獣医志望、5人が医学部志望としよう。そうすると、圧倒的に薬学部に合わせた授業をした方がアンケートの数字は取れる。

長生きするためにアンケート数字を死守しなければならない。
残りの25人はいないものとして授業をした方が数字は取れる。
ここに一つ目の盲点がある。

全員を満足させることなど最初から不可能だ。なら最大分母に焦点を当てる。
アンケートが絶対の評価基準である場合、当然のことだ。

私も昔126人の授業を担当したことがあるが、常にアンケート数字を頭の中で計算していた。
アンケート数字が悪いと教務に呼ばれ、最悪首になる。
教務に呼ばれた時点でレッドカード宣告だ。

だからアンケート時期が近くなるとやたら生徒に迎合したり、生徒におごりまくったり「信者集め」に気合を入れる先生もいた。アンケートが近くなると生徒にケーキを出したり、最高点をつけたら500円提供していたなど耳に入って来たこともある。

今の時代、怒ったり、切れたりしてわざわざ自分からアンケートを下げるバカはいない。
例え、それが生徒のためであっても限界まで怒ることはしない。「怒りを飲み込む」のが当然だ。子供に厳しい指導を求める保護者には正直、無理な話だ。

「リストラされたら責任取ってもらえます?」と講師に言われたら親も黙るしかない。
これは理解できるだろう。講師がキレて出席率が悪くなることもマズい。

読んでいる先生方は納得できると思うのだが、「これ以上深く説明するとわかりにくいという評価が来るな」とか本能的に自動的にアンケート数字を計算してしまうのだ。ポイントは「できるだけ多数をわかった気にさせる」ことだった。

あくまでも私の個人的意見だが、浪人して偏差値55~56位までしか出なかった生徒がここでいう「わかった気になっている生徒」のような気がする。なぜなら、何も勉強していない生徒がたまたま模擬試験で調子がよければ52~56位までは出たりするからだ。

大人数の場合は、「成績を上げる授業というよりヒントを撒き散らす授業」というようなイメージになって来る。成績のいい生徒ならヒントを掴み、自主学習に活かすことはでき、そして成績を上げることはできるだろう。

言えることは、「放送授業」と「成績を上げる授業」というのは全く別種類のものだということだ。安価に済ませようと思えば、その理由があることをわかった方がいい。

ただ聞いて後で何も行動しなかったらTVや映画を見るのと同じだと言いたいのだ。
当然のことだが「放送授業」の後の「生徒自身の行動」こそが最も重要なのである。

大人数の場合は、「アンケートを下げられない講師」と「ヒントをつかもうとする生徒」が同じ空間にいるというのが真実だと思う。したがって授業中のヒントと自分の志望校との距離を冷静に計算でき、授業後すぐに「自分で鬼のような努力ができる人間」のみが難関といわれる大学に合格できるということになる。

つまり、もともとかなりできる生徒にこの能力がある。

そして予習絶対前提という条件がつく。細かい指示やナビゲーションもない。
自己管理に強くないと自然と脱落していく。そして脱落していく自分に気がつかないというのがお決まりのコースだ。それだけ自己管理は難しい。

よくあるのが1時間目授業があり、次の3時間目までないとする。この時間をゆっくりしたり、遊んだりするようになるとダメだ。また、昼から授業があり、11時くらいまでぎりぎりまで寝るようになるとダメ。もう半分以上崩れている。

機械的に決められたマシーンのように勉強する時間を体が覚えるようにならなければダメだと思う。
「もう夜か?」という位に1日が早く過ぎるようになれば上等だと思う。
そうすれば体が規則的行動に順応していく。
まずこのリズムを体が覚えて抵抗がないようになることだろう。

保護者の方に言いたいのは、「自分の子供がそのヒントをつかむことができなくて、かつ時間だけが無意味に過ぎて行っていると判断したら、できるだけ早く補足手段を考えた方がいい。」 結果は見えていると思うから助言しておきたい。

「節分の豆まき」を芸能人や相撲の横綱が大人数にまきちらして、お客さんが必死でつかもうとしているシーンを見たことがあると思うが、あれに近いイメージのような気がする。取りこぼしが毎日連鎖すると危険だ。

そして生徒本人が「消化していない」と気がつくことが特に重要だと思う。
たったの9ヶ月しかないのだから秋以降に気がついても無理だと思う。

受験生はこの「今の自分に気がつく、今の自分を冷静に分析できる」という能力が最も重要かも知れない。

したがって「気がつくようにしてくれる第3者の存在」が特に重要だ。
気がつかずにただただ時間が過ぎていくことが最大の危険だと思う。

今でも覚えている極端な例だが、12月になって「先生、やっと英単語の本決めました。これでいいですかね?」と来た生徒がいる。

こんなことが冗談ではなく現実に起こるのだ。本人は全く気がついてないし、注意する人間もいないとこういうことが起こる。「目標までのレールを創る」これが浸透していないと結果は見えていると思う。また、レールに載らないから問題も起こる。

現場の先生なら「そうそうその通り!」と言うと思うが、生徒の質問内容から自動的に現在の状態と定着度がすぐにわかるはずだ。口が裂けても「今、こんな質問してたら今年は絶対に無理!」とかわかっていても言わないはずだ。私も大人数の生徒がいた時は、「アンケートのために親切だったが親身ではなかった」と思う。

懺悔の意味で言っておきたい。大体100人もいるのに親身になれるわけがないだろう。
そんな時間もない。「さらっとやって、さらっと終わる」当時はそういうものだった。
細かいケアなどできるわけがない。そういう指導を希望したければ、模擬試験だけ受けて指導は別のタイプを探した方がいい。もともと9ヶ月で終わるようにできているのだから。

途中で1人がわからないからといって止まることなどできない。
終わらなくてはいけないから。団体のバスは遅刻したものは捨てていく。当然だ。

これも自分自身の懺悔ではあるが、人数が多ければ1人1人を大切な人間に見れなくなっていくのだ。

最初100人以上を担当した時は、「ビールケースにきちきちに入ったビール」のように見えた。休み時間に質問に来ると自分が休みたいまたは早く移動したいために質問を早めに終わらせる、説明を大幅に省略して結論を出していたこともあったと思う。
つまり、個々の質問さえも「わかった気にさせていた」のだ。

多くの先生が経験があると思うのだが、質問に答えて「こいつ、まだわかっていないな」というのがわかっていながら放置する。または自分が忙しいから十分に応えていない。
簡単に言えば「最後のひと絞りの指導」をしなかったという経験はあると思う。

それより次の移動の時間の方が気になって気になって仕方がなかった。質問を受けたくないためにわざと隠れていた先生もいた。意図的に質問するために探そうとしている生徒の視界から消えるのだ。休憩のお茶が飲めないこともあるからだ。
大体、生徒の誰が誰だか全くわかっていない。

たまに町で出会って頭を下げられても笑顔で「おー元気か?」とか口では言いながら、心の中では「あいつ、誰だったっけ?」と でも挨拶しているから多分、生徒だろう位のものだった。大人数を教えている先生なら多分こうだろうと思う。

町で出会って最も怖い質問が「先生、私のこと覚えてます?」だった。この質問が来ると精神的に動揺する。「いやーよく覚えているよ!忘れるわけないじゃないか(実は全く記憶にない。しゃべりながら大体のヒントから必死でつじつまを合わせていた。まずクラスの特定が大事だった。そうすれば、なんとか「その場」は逃げ切れる。)」

とにかく誰に指導していたのかわからなかったし、誰がどこで見ているのかもわからなかった。
 

保護者の方にもうひとつ伝えておきたい。
大きな書店に行って「参考書や問題集の種類がどれだけあるか?」一度見ておいた方がいい。「この莫大な種類の中から各科目参考書と問題集を1種類選択し、どれだけのペースで処理していくことを子供が決定し、継続することがどれだけ大変なことか」理解しておいた方がいい。

単語集だけでもかなりの種類がある。辞典だってひどいのもあればいいのもある。「その選択の指導はほとんど皆無であり、仮にあったとしても生徒にマッチしない場合がある。」 ここも細かい点だが1年を左右する点だ。

当然、実力と合っていない問題集や参考書をやっていても見た目はがんばっているように見えるのだが、全く栄養になっていない。逆にマッチした場合、どんどん成長していく。
これも現在の受験産業の盲点と言える。保護者もわかっておいた方がいい。

テキストだってそうだ。高校のテキストに「1点を左右する医大のアクの強い問題」出ないし、見たこともないだろう。問題の質も悪いし、第一高校のクラスで医大の問題研究を必要とする人間が何人いたか?考えたらわかるだろう。

だから、過去問題をやったり、本番で出ると動揺する。受験勉強の全体像を細かくパーツ毎に深く切り込んでいけば、「当たり前の真実」があぶり出されてくる。

また、講師アンケートそのものが生徒の「講師を単に好きか嫌いか」で判断するような所があり、完全な厳密な評価になりにくいという点もあることだ。

アンケートを上げる1つの裏技として「自分の授業を嫌いな生徒を辞めさせる」というのもある。そうすれば、自分の信者だけになり高得点のアンケートがキープできる。辞めた生徒の意見まで拾い上げるということはしていない。

だから先生として同業者が見た場合にいい先生が、生徒から「おもしろくない、だるい」とか評価を受けてしまう。生徒を楽しませるだけの「はったりかます先生」が大きな顔をしたりする。この点を生徒や保護者は見抜けない。

最後の盲点になるが、大人数の授業をしている先生は、少人数授業の3倍位の疲れがあるはずだ。「のど」の調子が悪くても声を張り上げなくてはならない。後ろの方にも見えるように意識して大きく書かなければならない。ずっと立っていると足が疲れて来る。

そしてABCという3つのやり方を持っていてもAのやり方で行くというようにあらかじめ決めているはずだ。途中からやり方を変えるとアンケートの数字が落ちる。(つまり、BとCのどちらかのやり方とレベル設定ならついていけた生徒はここではじかれる。あるいは、もっと高度な内容を期待していた生徒は出席しなくなる。授業を切ってしまう。)

少人数であれば、40分までは共通授業、残りの演習は個人別レベルの問題と解説までできる「ハイブリッド授業」で満足度をキープできたりする。つまり、小回りが効かないのだ。

お客さんサイドもシステムを理解した上で納得して受講すれば問題はないと思う。
安価にするためには「人件費」を削るか「多数詰め込む」しかないのである。

もう1つのポイントは「アンケート」に左右されるという点をお客も理解すべきだと思う。
講師の方は「どうだ、俺の授業わかりやすかっただろ、快適だっただろ?」という「空間の快適さ」に重きを置いており、「空間の心地良さと成績の上昇」は全区く別モノということだ。

鋭い受験生はもう見抜いていると思うが、成績の上昇はそこからの「地味な参考書を読んで問題集を解いたりするアウトプット作業を経過して熟成され、やっと成績が少し上昇するという非常に「投資効率の悪いもの」だと言うことだ。

また、どんなにいい先生が指導しても生徒が動かなければ効果はありえない。
ここにお客さんは着目すべきだと思う。

だから、自分をよく「俺はプロだ」という先生がいるが、快適な空間を与えるプロであって全く成績が上がらない場合も存在する。生徒の父兄から見ればプロでもなんでもない。


学生講師でもプロ以上の才能を持った学生もいる。しかし期待して色々とアドバイスしても
2~3年で卒業して辞めてしまうのでがっかりしてしまう。だから、学生中心であっても人材
が非常に流動的なので当たり外れがあるということもお客さんは知るべきだと思う。

例えば、チラシに「〇〇コース」と入り口は多数あるが、受講している科目と場所は同じということが起こるのは仕方のないことだと思う。市場原理を理解した上で不平、不満を出すべきだと思う。気持ちはわかるが、仕方がない。

かと言って安価に提供するために人件費を削り過ぎると「先生方がやる気をなくし、サービスに手抜きをし始めるのだ」現場担当者がこれでは成績など上がらないし、第一、教室という空間が「意味のないもの」になる。ここのバランスがスクール経営の難しい所でもある。

だから、熱心な父兄の方で「小さいころから色々なシステムを経験させてどのシステムが最も子供に適応しているか?検証されている父兄がいるが、偉いと思う。尊敬する。まさにそれがベストである。」

なぜなら、ほとんどの家庭が「子供が塾や予備校に通学していることだけに満足して、その費用対効果を検証していないことに問題がある」と言える。
どんどん捨てればいいのだ。失った時間は絶対に返って来ない。

次に第2の盲点を上げる。自分のアンケートの数字を上げるために講師と講師の「蹴落とし合い」が起こることだ。極端な例を上げる。

「Aという講師が長文を前から読めという、そこでBという講師がA講師はバカだ。長文は後ろから俺のテクニックを利用して後ろから行け!だから直前は俺の授業を取らないとまた浪人するぞ!」とか言う。

迷惑するのはお客である生徒だ。混乱するし、どちらを信用していいかわからなくなる。
競争させるのはわかる。しかし、これは取り締まるべきだ。そんな時代ではない。
全体として「全教科一つの完結したノウハウ」としてつながらない限り、意味も価値もない。

講師が自分の教科と自分の保身だけに走る。しかし、生徒は全教科まんべんなく取れないと合格しないはずだ。つまり、「とんがった一部分が、とんがっただけで全体として連結していない」

ということだ。アンケート至上主義が「講師同士の内部抗争」を引き起こす。
「一匹狼」を自由にのさばらせて「統一の取れた群れ」になっていないということだ。

お客の要求は年々複雑高度になっているのにニーズに対応ができない。
かわいそうなのは、真面目な先生が無理をして生徒を楽しませようと無理な努力をする場合だ。「本当はやりたくない」のにだ。これは本当にかわいそうだと思う。また、もともと根が真面目なので冗談があまりおもしろくない。正統派の先生が芸人になるのは無理だ。
(もし、そういう先生だと見抜けたらぜひとも笑ってやって欲しい。)

本人は、精一杯考えて来て準備して来たはずだから
(真面目だから、テキストの端の方に「ここでこの冗談を言う!」とかたぶん記録していると思う)
(また、「3人以上あくびをしたらこの話をして軌道修正する!」とか書いているかも知れない)

はったりをかます先生は、はったりをかますことが当たり前なので本人が麻痺している。
できるだけ何でも大げさに言う。これもある意味かわいそうだ。

生徒を引き付けるために自分を10倍位大きく見せようとする。
(本人も無理しているので相当つらいと思うし、罪悪感もあるはずだと思うが)
ただし、嘘をつくのが当たり前の先生は本人そのものが麻痺しているので何とも思っていない場合がある。

仕事として、サービス業として真面目な先生が低評価で、「チョーク芸人」に徹する人が高い評価を受ける時代が過去に合った。 笑ってしまうのが1992年位は60名クラスを少人数制と言っていたのだから...呆れるだろ?

勉強なんてどうでも言いというような偏差値50以下の生徒を芸能人のステージのようにして「パフォーマンスショーを見せる」というふざけた時代だったとも言える。
それから不況が来てそのやり方は通用しなくなって言った。

授業なんかより笑わせるためのネタ、引きつけるためのネタばっかり探している先生もいた。これを見たら保護者は怒るだろうと思う。


この種のサービス業で最も難しいものの1つに「先生の評価」がある。
生徒のレベルに合わせて評価が異なるからだ。この部分を全員が満足する評価システムを創り出すことは至難の技である。

「永遠に答えが出ない問題」かも知れない。あれば指導を受けたい位だ。
ただ、時代の変化が激しいので今後は時代を読める柔軟な思考の出来る人材しか必要とされないだろう。今が過渡期と言える。

20年以上経験した世界の中で今言えることが1つある。この業界は、個人がたまたまうまく行った経験を、さも「万人に効果のある魔法の処方箋」にように放置していることである。
ある意味、自分を押し付けている仕事と言えるかも知れない。

やり方は無限にある。今まで1人だけスーパードクタークラスの先生を見たことがある。
1人1人の生徒に「A君にはこのやり方がダメだったのでこのやり方とこの問題を使用した。
したがって○点上昇した。○月○日にちがうやり方で接近したが、○点ダウンした。ということはA君にはこのやり方の方が合うことになる。使用した問題○○年度○○大学○番で制限時間○分、A君は○年度に指導した○○君と似ているがこう言う点の理解度は遅い」とかとてつもない個人別データベースを何十年にもわたって持っていた先生がいた。

そのデータベースを見た時には「こんな奴おったんや?」と次の言葉が出なかった。
この先生のすごい所は、「試行錯誤した検証結果を数字で残している点」だ。

「こんなもの創る時間あったのか?」と本当に心の底から驚いた。
信じられない位細かい個人データベースだった。ちなみに今までに1人しか見たことがない。


しかし、悲しいことにその先生の評価は低かった。

講師も忙しければ忙しいほど授業は雑になるものだ。上記のスーパードクタークラスも全国に多少存在はしているだろうが、天然記念物位か絶滅寸前位の数だろうと思う。

お客さんに言いたいことは上記のスーパードクタークラスの先生も、何の予習もせず昔の知識だけで適当に流している人間もお客さんには同じ「先生」にしか見えないことだ。
しかし、2人の苦労にはとてつもない開きがある。

そういう部分を考慮せずに単なる好き嫌いで判定してしまうアンケート評価は、実は厳密な評価ではないのだ。私はそう思う。 また面倒くさくて適当に書く生徒だっている。

最後に受験という人生を左右するポイントにおいて非常に未完成な市場に囲まれているという現状をお客さんは理解すべきだと思う。

あるいは「こんなもんだろ?」と最初から期待しない達観したクールな目を持つことも大切ではないかと思う。つまり1つのツールとして考え、その補足部分を最初から考えておくということもありだろう。

医歯学部受験予備校指導記録84

<12月31日(月)> 面接特訓

12月29日に面接特訓を実施した。面接特訓の良い所は、モチベーションの上昇と変化による刺激、そして最も大切なのは「志望動機等を実際に話す、他人の前で口に出す」という行為を通じて「自分の意志を再確認する」これら全てが重要な働きをする。つまり、「中途半端で弱気な意志を強固にする働き」をする理由もある。

人間は他人の前で自分の口で実際に宣言することによって覚悟が決まる。逃げられなくなる。そして、気の弱い子や進路についてもやもやしている子や言い訳ばっかりで逃げていた子でも宣言することによって「あ~ついに言ってしまった。やらなしゃ~ない」という効果を狙うものだ。結構今の子でも自分の言動に責任を持つものだ。

また、緊張している状態にさらに別の角度からの緊張感を与えて乗り越えさせる。
これも重要なことだと思う。推薦入試で集団討論で敗れた生徒など「絶好の敗者復活戦」のようなものだ。全くしゃべれなかった生徒でもかなりの自己嫌悪におちいるが、「なぜ、自分と同じ年齢の子がこれだけしっかりした意見を持てるのだろう」と思う。

浪人生ならば、「何で俺より年下がこんなしゃべれんねん?」とかかなりの刺激を受ける。また集団討論の練習については、「その場をさばく人間の力」が重要だと思う。

へたくそがやると「討論そのものにならない」これが重要なポイントだ。
初めて参加する現役生なんかは、3~4日前から憂鬱そのものだ。高校の現場では、小論文の入り方そのものから説明して欲しいのに「とりあえず書いてみ」だし、(忙しいし、ノウハウもないのでこの答えが出る)、面接特訓してくれと直訴しても、「そんなんやらんでええ」とか職員室のうるさい場所で「じゃ~まず何聞こうか?」とか「トンチンカン極まりない対応」をされているのだから無理もない。

今回の討論テーマは、「医師不足」と途中から「学力低下とその解決法」についてテーマを変化させ、医療と教育の2つのテーマを利用した。

その前に「あるテーマについて制限時間9分でポイントをまとめさせる訓練」も同時に行った。やはり、個人面接よりも集団討論の方が焦ると思う。
(だってこんなのを学校でやるわけないだろう。必要のない生徒の方が多いのだから)

真っ赤な顔をしてパニック状態になるが、必ず「あんな空間今まで経験したことなかったけどいい経験をしました」と必ず言う。

これがいい。

どうせ、彼らもいずれ何らかの形で公の場で発表する機会も来るのだし、宴会の幹事をさせられてしゃべらなければならない機会は当然社会に出れば必ず来ると思う。

友人の結婚式のスピーチだってやらせるし、親の葬式の時は参列者に挨拶だってしなくてはならない。逃げ続けて済む問題ではないと思う。日本で生きている限り、昔からの「しきたり」というものはあるのだから。

保護者も自分の葬式の時に自分の子供が最後のお別れに参列してくれた人達に、自分の子が力強く挨拶して最後まで仕切ってくれたら「安心してあの世にいけるだろう」

生徒だって親の葬式には医師会や歯科医師会のお偉いさんも参列するのだし、大学の教授だって参列する。自民党の政治家だって来る場合もある。地域の患者だって来る。

「俺、一言もしゃべれね~よ」で済む問題ではないことはわかっているはずだ。
第一集団討論は、「問題のある場を仕切る訓練」になる。

世の中問題だらけだ。その「問題解決のシュミレーションの場」である。これから、どんどんAOや推薦入試で面接や人物評価中心の様々な入試が取り入れられていく時代だと言うのに学校は全く対応していないし、対応したケースなんて今だ一件さえ聞いたこともないのが驚きだ。お客である保護者はその点注意しておいた方がいい。

訓練さえ全くせずに、推薦入試会場に送り込んでいるのだから。その場で訓練された生徒との「圧倒的な差」を入試会場でまざまざと見せ付けられ、悲しみと屈辱にまみれるのは自分の子であるということをあらかじめ理解しておいた方がいい。

現場から今年最後の報告をしておきたい。
会場に行く皆さん、がんばってくださいね。

受験期の風物詩

受験期の風物詩と言えば、もちろん受験会場の業者の「ビラやパンフレット配り」だろうと思う。これから受験に行くので「お前ら、この試験に落ちろと言うことか?」とか露骨にイヤな顔をするのがほとんどだと思う。

ただ、もう諦め寸前の受験生や熱心な家庭は同封される受験関連情報をありがたく収集される家庭もあるのである。

ただ何度も同じものを配布されるのでイライラしてくると思うのでカイロを入れたり消しゴムを入れたりして受験生や保護者の気持ちを緩和するのである。

ただ珍しいものや「これはないだろ?」と言うものもあると思う。
 

  1. キットカットのチョコレート=「きっと勝つ!」のげんかつぎで入れる
  2. リポビタンD(受験生はそれだけもらってもらった残りのパンフは捨てる)
  3. カイロや消しゴム(専門に創ってくれる業者さんがいます。)

 
<ランキング編>

受験会場で全入口と出口を押さえようと思うとものすごい数の人間やバイトが必要になる。まして朝早いからなかなか人数を揃えるのが難しい。
以前、どこかで書いたと思うが大学生100人近く使ったこともある。

そこで私が見聞きした会場での傑作を紹介しようと思う。

 
<第1位>

人間が足りずにフィリピンパブの女性が並んだことがある。朝早くカタコトの日本語で「カイトーソクホーデス!!」と連呼していたそうだ。「もっと日本語指導しろよ!」と言いたい。

これから試験が始まるのにそれはないだろう?試験も行われていないのに速報も何もないだろう。しかも数人で全員で連呼している。
まだ受験生も入室していないのに速報があれば全国ニュースになると思う。
 
<第2位 >

要介護1から2位が必要なような老人集団が並んだことがある。
多分人間が足りずに「シルバー人材センター」から調達して来たのだろう。前のファスナーが開いたままでラクダ色のももひきが見えていた場合もあった。 老人が冬の朝寒いのに連れてきて倒れたらどうするのだろうか?

あまりに興味深いので見ていたら微動だにしない老人もいた。
(ひょっして立ったまま凍死したのかも?)とも思ったが、よくこれだけの数の老人を連れて来たな~と感心した。

ビラ配りで無理をしてよろよろしてこけている老人もいた。
これはまずいだろう?

まして受験生や保護者とは明らかに関係のないおばちゃんや親子連れに配ったりしている。
「何これ?いらんわ!!」とか返却されたりしている。
もっと研修して使えよ。目がよく見えないからかもしれない...

朝早くこごえるような寒い時に老人集団はまずいだろう。
老人虐待としか思えない。
だって雪が降って手がかじかんで大変な時もあるしね。
 
受験生の保護者から頭に雪を載せて配っていて「おたくらも大変ですね~」とか言われることもあるからね。
 
<第3位>

宗教団体の人が並んで悩みを聞いて「あなたはここに来れば救われますよ」と勧誘する場合もある。日々子供のことで悩んでいる父兄は救われるのだろうか?

トランプ占いの人も入試会場で見かけたことがある。
占いに頼る時点で終わっていると思うが....
 
<第4位 >

発表の日に「代わりに受験番号を見に行きますよ。」という人が現れる。
地方の人なら交通費をかけて行くよりは安いからだ
ろうと思う。
今は大学の取り締まりが厳しいためあまり目にしなく
なったと言われる。

割増料金をつけて電報を申し込ませるケースもある。


<敢闘賞>

受験会場で「今日の倍率どんなもんでしょうかね?」とか聞いてくるお母さんがいる。軽くこたえると身の上話を長々と話してくる。
こちらもビラを配布してノルマを達成しないといけないので配布しにくい。
 
「うちの長男は防衛医大でね、親戚はね、○○大学でね」とか延々に話しかけて来て離れないお母さんがいる。

私の記憶では寒いのに1時間半くっついては離れないお母さんが最長である。ものすごく困ったことがある。

あまりにしつこいので「トイレに行ってくる」と言って離れたのだが「もういないだろう?」と思って戻るとニコニコしてしっかり私の帰りを待っているのだ。

旅行用のキャリーを持っているから田舎の人かも知れない。

終わった後にバイト君達と喫茶店で「モーニング」を食べるのだが「私も行っていいですか?」とか言って来た。

これも記録しておきたい。

とにかく話を聞いて欲しいのだろう。
だから会場に宗教団体や占いまで出るのだろうと思う

救われたい位子供のことで悩んでいる親もいるのは確かだ。


<努力賞>

どこの予備校だったか入試会場でクリスマスケーキのような箱に入ったリボンのついた「合格前祝いケーキ」を配っていた。さすがにケーキだけ取られて案内パンフレットはゴミ箱に直行していた。
 
また、「そのケーキだけくれます?」と交渉されていた。「どうして見えていることをやるんだろう?」と不思議に思った。しかし涙ぐましい努力は評価したい。 しかし、何の効果もないことを追加しておきたい。


<アイデア賞>

入試会場でかなりデザインのこったバッグを配っていた。中には自分の塾の宣伝資料が入っている。会場でたくさんもらうから使ってくださいということだろう。でも自分の宣伝は確実に入っているのでアイデアとしてはいい。


<気づく能力チェック>

入試の合格発表がネットでの発表は時代の変化だけだと思っている人は別の理由があることを知っておいた方がいい。入試会場に現れる集団を知っているだろうか?、それは地方の受験生が発表を見にいくのが大変だから代わりに代行してくれる業者である。
 
電話で合否を連絡するだけで3千円、時間・日時指定で1万円なんてあったものだ。地方の人がわざわざ電車に乗って見にいく交通費や手間を考えるとその方が楽ということになる。
 
今は取り締まりが厳しくいなくなってしまった。ある時、「どれ位の数の受験生が依頼するのだろう?」と興味深く見ていた。「合格発表を代わりに見にいきまーす!」と受験生と保護者に向けて叫んでいた。
 
しかし、けっこうな数の受験生が電話番号を用紙に書いて依頼していくのには本当に驚いた。これを全国的に組織化してやっていたのだろうと思うと「すごいな!」としか感想の言いようがない。

医歯学部受験予備校指導記録85

<1月1日(火)> 戦争開始

いよいよ年が明けた。最後の調整という所か?センター試験まであとわずか、私立について
は1月第3週から2月第2週のわずか3週間で終了する。

ただし、その受験日程の間で「すべり止め」を入れたりすると更に複雑になる。
つまり、各大学が「考えられるあらゆる試験のやり方」をさまざまな日程で行う時代なので、お客さんが「情報の整理」ができていないことが最大の問題だ。

生徒も親も目の前のことに精一杯になり、願書だ、調査書だ、ホテルの予約だ、新幹線は?、飛行機は?とかなるから本来は合格できた生徒が、あまりにも目の前でやることに翻弄されて「十分に考え抜く期間」がないことが失敗の原因だ。

また、「第3者の客観的な目」も必要なものだ。
やはり、計画を立てて「どう転んでもこれ以上は考えられない」という所までいかずに、ただ目先のことだけに翻弄されて慌てるのは毎年同じだ。言いたいことは、「お前、この志望校でもいいけど、こういうリスクもあるで。こう考えたらこうなる可能性もある、けどこういう利点があるで」とかあらゆるケースを考える時間が必要だと思う。

そして、「この学校に入学したら自分の満足度は○、でも将来の希望する仕事につける可能性は×、親の満足度は△、自分は大学でクラブやりたい。でもこの大学にはそのクラブはないから×、この大学は通学時間が片道2時間だからバイトはできない。でも自分の研究はできるから△」とか一度、心の中にあるものを全て吐き出して「一覧表を造り、自分の心を完全整理する時間」が必要だと思う。

更に「この大学に受かれば行くから○、この大学しか受からなかったらもう一浪するから×(でも親にこれ以上迷惑かけられないから浪人反対されたら行くかも知れない。仮面浪人するかも知れない。休学して自宅浪人する可能性もあるから最終的には△)
とか心の底までえぐり出しておく必要があると思う。そうすれば悩みは少なくなる。

満足度55%の学校しか受からない場合だってあるのだから。
そして、今の時代「子供が受験したくても親が反対して潰される場合も多々ある」ということだ。
年々増加していると思う。ただ保護者に気をつけて欲しいのは、子供は親の満足度を非常に気にかけている点だ。最悪の場合、「自分の気持ちを殺して入学する場合がある」ということだ。
心の中では、「本当は行きたくない」のにだ。

これは、どこかで爆発する。中退する可能性も十分ある。退学する可能性も十分あるし、とりあえず単位だけ取って最後まで不満の気持ちを抱えながら不完全燃焼のまま卒業する場合もある。保護者に言いたいのは「この時の判断を絶対に間違えてはいけない」という点だ。
これが非常に難しい。なぜなら、何十年も後に「実は、あの時はこういう進路に行きたかったんや。

でも親に気を使って行きたくない所に進学して、夢をあきらめたんや。実は」とか言われたら保護者もその時に複雑な気持ちになると思うからである。

これが意外に多い。これを読んでいる人の中にも「俺もそうや!」という人もいると思う。
後になって入学してから本当の現実を知るから難しいのだと思う。

ぜひとも自分の心に正直に進んで欲しい。それを伝えたいと思う。
「やらなくて後悔するより、やって後悔した方がいい」

「自分に納得できないと、いつまでも引きずる」のだから

浪人生の意地

医学部の浪人生の中には「推薦のある医学部は絶対受けない!自分は浪人して苦労したのに楽して推薦入学した生徒と同じ空間にいること自体が許せない」とか「この大学には後輩が去年入学している。自分の後輩が入学している医学部の受験は絶対に死んでも受験しない、自分の後輩を「先輩」なんて呼べるか!」と頑なに拒絶する場合がある。まさに先輩としてのプライドだろう。

兄弟で弟が先に入学する場合だってあるのだから同じ大学にいて弟を先輩と呼びにくいだろう、クラブで自分の子分だった生徒が先輩として君臨していたら気持ちはわかるかも知れない。笑って済まされる位の人間的度量があればいいがそうでない場合もある。

推薦で合格した生徒には同級生に「こういう感情を持たれている場合がある」ということを知っておいた方が良いだろう。

気持ちはわかる。(何度、このフレーズを使っただろう?)しかし、合格することが優先事項である限り、説得しなければならない。第一にこのような理由で志望校の数を減らしてしまうこと自体、もったいないことであると思う。

しかし、これがなかなかうまくいかない。家族に同じ理由で説得されてしぶしぶ受験したとしても本人にやる気がない、無理やり受験させられている、気持ちが乗ってない。
つまり勝とうという魂がない限り答えは決まっているだろう。

むしろ「魂の抜け殻状態」でできれば帰りたいと思っているのだから。このようなつまらない意地(本人にとってはつまらないどころか重要も重要なのだが)浪人生活を長期化させる理由のひとつである。

プライドは守ってやりたいが、「そんな余裕ないだろう」と言いたいのが本音である。
当然言うが。これから浪人が長期化した場合に「こういうこともありますよ!」と前もって伝えておきたい。 

また、国立受験生で私立に行ける余裕あるのにビッグマウスを連発して受けないと言い張る場合もある。その場合は大体、「私立受験して自分が落ちるのが怖い」というのが本音だったりするものだ。(今、頷いている浪人生いますか?)

「残念ですが、素直になれんのですよ~」と言うことがある。そしてどんどん深みにはまって行き、軌道修正が困難になるケースもある。その時は大体、廻りに親身になってアドバイスできる人が1人もいなくなってしまっている。「裸になって素直になること」これは重要な資質だと思う。「言っても聞かないですからね」にはタイムリミットもあると思う。

そのタイムリミットは後になって初めてわかる取り返しのつかないタイムリミットなんですけどね....

医歯学部受験予備校指導記録86

<1月2日(水)> 数学CのDVD完成

非常に完成が遅れていた数学CのDVDの編集がほぼ終了した。明日、検査作業に入る予定だ。年内に間に合わせたかったのだが、完成が遅れた。特に数学3とCは現役生の間に合っていない点であるため、もっと早く完成させるべきだったと思う。待っているお客さんには迷惑をかけてしまった。この場をかりて謝りたいと思う。

数学3とCをやることによって志望校の選択枝が増える。これが最大のメリットではないかと思う。高校の中にはセンターの対策だけやって2次の対策をやっていない所もあるし、化学が終わってない。数学3が終わっていないとか「ざら」にある。確かに色々な進路の生徒を抱えているのだから大変だと思う。

学校に完全依存している生徒は未履修の状態で本番を迎えなくてはならない。
授業をやったことがある先生ならわかると思うが、「このペースで残り時間がこれ位しかない。
なんとか終わらせないといけない」と判明した後は慌てて急ぎ始める。
「授業内容が荒れる。普通でさえ定着度が悪いのに、更に悪くなる。そして何とか間に合わせたと安堵しているのは先生だけ」というお決まりのパターンだ。

デビューしたての先生が、自分だけが「今日は良い授業したな~きっと生徒は全員定着して満点に違いない」と自己満足しているケースは非常に多い。そしてテストをやって見ると「あ然!」とするひどい定着度に「こんなはずはない!」と愕然とするケースはよくある。
これを何度も繰り返して少しずつうまくなる。

良い先生が完成するのにも時間がかかる。
また、これが誰にとっても良い先生とは限らない。
これを見ている先生達は、「その通り!」と言うだろう。それほど定着を完全にしようと思うと時間がかかるいし、回数も時間もかかる。

本当に「ローテクの極地の極地の世界」だと思う。
学校の定期試験に間に合わせるのならなんとかなるが、全国模擬試験や入試本番に間に合わせるとなると話は全く別だ。

しかし、直前は集中力が最大状態になっているのでどんどん吸収することは間違いない。
現役生の直前の「ロケットパワー」はすごいと思う。まさに「ジェット噴射」のようだ。
時代は急速に便利になり、全てがボタン1つで答えが出る時代だ。
しかし、この教育の世界だけは本当にそういうわけには行かない。
時代はお金をつぎ込めば、それなりにそれに応じてサービスの対価も常に上昇する。

しかし、この世界だけは本当に効果の出るスピードが遅く、そして必ずしも対価に応じた結果がついて来ない。
(最近は「もしかするとこの世界だけではないか?」とよく思う)

例えば、長期間指導してもらい、成績が伸びなかったり、入試に全敗した生徒がいるとする。生徒の家庭は、教育機関や先生に対する「不信感」があって当然だ。
「講師が悪いのか?」「生徒が悪いのか?」「環境が悪いのか?」「意識が低いのか?」
「教材が悪いのか?」「進路指導が悪いのか?」お客さんもどこに原因があるのか知りたいだろうし、我々も100%クリアに説明したいとも思う。

全国の先生方もそういう気持ちは絶対にあると思う。
悪い言い方をすれば、食堂に入って「食い逃げ」されたと思われても仕方がない。
「お客さんに恨まれて当然」の業界だ。
「合格にしか対価はない世界」だからだ。
しかし、これが100%完全正解がないのである。

先生が「思い込み」でしゃべって父兄がそれを信用したらそれがそのまま事実になったりする。
それ故、お客さんから見て「不透明な業界」と言われるのも当然だ。

だから「教育の見える化、指導内容の見える化」が本当に重要になる。

DVD製作裏話

DVD教材を創る上で最も苦労したことは、見る人のレベルがわからないためどのレベルで製作すべきなのか全くわからないことだ。もし、買った人が「レベルが高すぎた」というかも知れないし、逆に「レベルが低すぎた」と言うかも知れない。「レベル設定の決定」が最も苦労するし、人によってレベルの感じ方が異なるからだ。

見えない相手を想定して創ることほど大変なものはない。見た人なら驚いたと思うが、イントロのシーンが最もこっている。冒頭のテロップや炎の中から不死鳥が登場するシーンは最高だと自負している。

なぜなら炎は「ガスバーナーの炎」を至近距離で撮影して創られた力作だからだ。
最高のイントロだと思う。炎のシーンは大火傷の危険がある。(残念ながら保険はかけていない。その部分だけでも苦労を理解して欲しいと思う。)

ガスバーナーの炎を撮影しているシーンをメイキングとしていれたらおもしろかったかも知れない。NG集も特典映像としてつけたら更におもしろいかも知れない。


<メイキングを特別に再現>

「ガスバーナーの炎の量がどれだけ出せば迫力が出るのか?」
これが全くわからない。
適当に出力していたら「ボッ!」という音がして強烈に炎が噴出した。
これを正面から撮影するので撮影者はたまらない。
全員初めてだから何の知識も知恵もない。 あるのは「直感」だけだったと思う。(笑)
その事前練習を見ていた撮影する予定のY君が青ざめ始めた。


Y君:「(顔面蒼白で半泣き寸前)大丈夫ですか?それ?ヤバくないですか??」

:「大丈夫だ、大丈夫!!心配するな。」(無責任この上ない発言である

一体、何が大丈夫なのかわからない。
「大丈夫!!」と言うしかなかったのだから....
(私自身も大丈夫とは思わなかったが....)


<1回目>

すでにY君はへっぴり腰状態で体はもう斜めを向いて緊急非難準備をしている。

:「それでは本番行くぞ! 」(相手に考えさせると不安になるので即実行した。)

アシスタント:「それでは行きまーす!5、4、3、2、1、スタート!!」

火炎放射が実行された。「ボッ!」という音と共にするとY君は発射と同時に逃げてしまった。(笑)
ボルト選手に負けない位のスタートダッシュだった。
 
:「お前、逃げんなよ!!」(更に無責任この上ない発言である

Y君:「(顔面蒼白)待ってくださいよ、ほんま恐いっすよ!蒸し焼きになったらどうするんですか??」

以下省略

 
ここまで来ると引くことはできない。やるしかないだろう。
いつか傑作中の傑作であるメイキングを公開したいと思う。

今、思い出すと狂っていたかもしれない。
でも狂っている位の情熱が相手を動かすのかもとも思う。
 
もう一つ困った点は「音の問題」だ。音やBGMにもひとつひとつ「著作権」が存在し、それをクリアしなければならない。「著作権フリー」の音や音楽も考えたがなぜかしょーもないものが多くがっかりした。いくらなんでもBGMに童謡やわらべ歌はまずいだろう。業者の中にはシンセサイザー等を使ってオリジナルの音を創ってくれる業者もあるのだがなにしろ値段が高い。 

1つの作品を産み出すだけでも相当の苦労があり、割に合わないな~と思った。
途中で挫折も考えたが、イントロ部分を見た瞬間に「絶対に完成させよう!」と思った。
何かを産み出す時に最も大切なもの。それは「勢い」だと思う。

「勢い」で一気に心も体も引っ張る。それを学んだような気がする。
協力してくれた方、助言をくれた方全ての人に感謝したい。

色々と思い出がある。医大小論文短期養成システムを創る際には「えりも岬」辺りの何もない田舎の受験生が全く何の情報もない、知らない状態で「ある程度書けるようになるための教材」というコンセプトで始めた。

窓を開けると荒波しか見えないアパートで自宅浪人している受験生で傍にはやかんの乗っているストーブしかない。その「やかん」から湯気が出て勉強の合間に情報に一切遮断されてお茶をすすっている受験生がいる。
 
その「究極の僻地に住む受験生」が緊急に準備して書けるようになるというコンセプトに決定した。 全く書いたこともない。見たことさえない状態からどうするかを真剣に考えた。 (「今時、そんな受験生いますかね?」と聞かれたが....)
 
今だから言えるが「フローチャートシステムと起承転結の配分割合」については私がプロデューサーの権力でごり押ししたものである。したがって「そんな簡単に切れるものではない」と言う内倉先生と最後まで対立した点である。


【小論文フローチャートシステム】

http://www.phenix-zemi.jp/article/13232765.html

 
つまり、できるだけ簡単な形でパッキングさせる方が良いと思い、時間もない状態でどうするか、それを解決したいというテーマがあったからだ。
 
今、思い返せば映画製作と同じなんだな...と思う。
 
監督と俳優の衝突はあって当たり前だと思うし、「衝突を恐れるな!」という素晴らしい教訓を得たと思う。
 
「行動を起こさないと何も得るものはない!」こういう気持ちになれただけでも幸せだと思う。

全て試行錯誤の連続だったがやらないよりやった方がいい。
なぜなら 「やったものしかこの感動を味わえないからね!」

 

【医学部受験オリジナルDVD~炎のオープニング~】

医歯学部受験予備校指導記録87

<1月3日(木)> 人生の選択肢

後輩の年賀状に「三菱電気」を退職しました。と書いてあったので驚いて電話をした。
「転勤を受諾しないと平社員と同じ条件にする」ということらしい。

言ってみれば「遠廻しのリストラ宣告」だ。
受験生の中にも親の仕事の関係で転校、転校を繰り返して来た生徒もいるかも知れない。
転勤を繰り返すとせっかく今まで出来た人間関係がまた「ゼロ」からのスタートになる。ある
いは、親が年老いてボケ始めたり、介護が必要になって来ると「故郷に帰りたくなる」「帰ら
ねばならない」とか考えるようになる時がいつか来ると思う。

受験生時代というのは、ある意味「親から完全保護された状態から自分で先のことを考えさせられる、考えなければならない第1段階」と言えるだろう。

「ぼくは3度のご飯よりこれをやっている方が幸せ!」とか決まっている生徒は幸福だろう。
理由は「心に全く迷いがない」からだ。

最も苦しいのは「自分がどの進路に行ったらわからない」「どうしたらいいのかわからない」とか常に悩んでいる生徒だと思う。大体位でも自分が何の仕事が好きとかかわかっていたらいい。

しかし、全くどうしたらいいのかわからない生徒だっている。これは精神的に相当苦しいだろう。
ただ、もがいているうちに打開策が出るかもしれない。

最悪なのは直面することを避けていて「問題を先送りにしている場合」だ。
例えば、開業医の父兄であれば、「跡継ぎ」がいなければ、「病院を売る」か「序々にゆっくり閉める」方向へ動くだろう。診療所であってもある意味「公共の施設」と言える。

建物を「壊す」あるいは「解体する」のだって大変だ。地域の患者だって困る。
家族全員がお世話になっている家も少なくないからだ。

この建物を守るための「責任感とプレッシャー」に18や19で耐えるのも大変である。
「自分の代で潰しては先祖に申し訳ない」という場合もあれば、「俺が裸一貫で開業のための莫大な借金を銀行が貸すわけない。まして俺の腕で客がつくわけない。それをじいちゃん、親父が全部準備してくれた。俺はやるで!」と圧倒的に前向きな場合もある。

または、「親父が忙しくて家族旅行さえも1回もしたことがない。他の家族旅行している家がうらやましかった。俺はそんな生活嫌や!」とかもある。または、中学生で女の子なのに「救急医療しかいかない。そこにしか意義を見出せない」なんてとてつもなく志の高い場合もある。最終的にどの職業にもそれなりの苦労はある。

ベンチャー企業を起こして金銭的に大成功しても奥さん、子供は全て逃げてしまって誰も家にいないなんてのも多い。家庭が崩壊する引き換えに富を得たという場合も多い。

銀行員でとてつもない熾烈な出世競争に疲れ果てる場合だってあるし、苦労して弁護士の資格を取ってもお客さんがつかず全然元が取れない場合だってある。

その第一段階の将来の自分を決める試験が今月から開始する。迷っていようがどうであろうが試験は開始される。全国の受験生はがんばって欲しい。

2009超不況の進路選択

不況時にでも人間が優先するものは何か?って考えればいいですよね。
例えば、葬儀屋を考えて見てくださいよ。

「おじいちゃん、悪いけど今日死んだけどお金ないからさ、来年は必ず焼くからさ、今は倉庫に入れといていい??」って誰も言わないですよね。家族、危篤の場合は絶対に病院行きますよね。

「人間がいる限り、必要」と言えば必要ですよね。

だから再受験生の気合いはすごいのかも知れませんよね。
でも人生をある地点から急に急カーブ切るのって予想以上に大変ですよ。

人口減少時代の進路選択

自分自身の個人的予想と言うか、次世代への警告と言うか人口が減少すると言うことがどれだけ大きなことか理解して準備しておいた方がいい。
そしてうまくある程度予測して進路選択をして欲しい。
 
これは都会の生徒より地方の生徒の方が理解しやすいかも知れない。
駅を出て商店街のシャッターが全て閉まっていて若者がほとんど歩いていない。毎年、若者が都会に流出して老人ばかりでどう見てもこの地域
「大丈夫か?」としか思えない。
 
いわゆる「少子高齢化」である。少子と言うことは人口減少に拍車がかかると言うことになる。
 
ここで予想して欲しい。有名な車の販売会社に入ったとする。
 
これが将来、国内で全然売れなくなる。わかるよね?
トヨタの下請けで生きてる会社なんてものすごい数あるわけですよ。
大打撃ですよね?

「若者がいない=車に乗る人がいない=年寄りも危険だから毎年乗らなくなる=
車を買い替えない=車の需要がない=つまり産業が成立しない。=不要だから」

もう1つ出しますよ。いいですか、よく聞いてね?

今の携帯からスマホ時代への急速な変化と言うのは誰も予測できなかったんですよ。
読者の中で今までにアマゾンで通信販売で購入した人いますよね?


これがもっと当たり前になったらどうなります?、地方に行く受験生でも「田舎に住むことになってもネットとアマゾンあれば何でも手に入るよ!」なんて言いますよ。
 

もう気がつきましたか?(気がついてない人はまずいですよ。)

優秀なホームページって営業マン5人分以上の働きをするんですよ。
アマゾンなら数千人分かも知れないですね。1人営業マン会社で養うとしたらものすごい人件費かかるんですよ。 年間1人500万としましょう。

ものすごい高いホームページで製作費100万としましょう。
あとはメンテナンスと維持費だけ
どっちが得ですか?

もう気がつきましたか?(まだ気がつかない人は将来が不安ですよ。)
そうですね、もう営業マンが要らない。5人の働きをするページが10万あったら?
「社員50万人が不要!!」、ですよね?

文系で4年大学卒業して営業の仕事しかできなかったら
ノルマ達成できなかったら...もう不要ですよね?

つまり「人員削減のスピードが早くなるよ」ということですよね。
それに気がつかずに皆さんはスマホ代金は絶対確保するでしょ?
でもその影響で人間がやる仕事そのものがなくなっていくんですよね。 
今までやっていた人間の仕事がなくなっていくということですよ。

しかも、ものすごい速さでですよ...

当然、リストラのスピードも早くなるということですよね。
わかりましたか?、「スマホだけは手放せない!!」なんて言ってたら将来自分や家族がえらいことになるかも知れないですよ...

ここに気がつかないと...歩きながらスマホ見ている人は絶対気がついてないですよね?

ここで「そーか、今歩きながらスマホ見てる人、自転車に乗りながらでもメールやライン見なければ気がすまない人が今までの人間の仕事を奪い、僕たちの就職活動を困難にしてるんだな、まるでタコが自分の足を食べてるようなもんだな。じゃーこんな時代にも必要な仕事って何なんだ?」

と気がつくようになったら他の若者に差をつけることができますよね?

「そう言えば大学入試もネット出願だし、全国模擬試験もそうだな!、じゃ事務職員も不要だな?」とか更に気がつくようになったらえらいですよ!

でも学校ではこんな当たり前のことは教えてくれない。ですよね?
自分が当事者になって初めて気がつくんですよね。

これの繰り返しですよ。ここを読んで初めて気がついた人は気をつけてね!

こういう所に瞬時に気がつくようになったら強いですよ。
上記の時代の変化が全ての産業に影響しますよ。
これに早く気がつけばね、大きな「差」をつけることができますよ。

そして会社や人間のやる仕事そのものが成立しない。言いたいことは時代を予測してどういう時代になっていくのか考え抜いて動くべきだと言うことですよ。
そして自分の子供達にも伝えていかないと....


将来、ものすごく差がつきますよ。そこに賃金の安い外国人や移民を入れたら日本人を入れる必要ないですよね。だって産業そのものが成立しないから。

だからうまく生きて欲しいですよね。「ぼー」っとしてたらダメですよ。
時代に自分だけ取り残されてしまいますよ。
こういうことにまず気がつくようになることが重要ですよ。

時代の変化への洞察力をつけるべきですよ。
そして柔軟に対応できるようになること。

 
今日のポイント:「気づく能力を死ぬまで徹底的に研ぎ澄まし続ける」

医歯学部受験予備校指導記録88

<1月4日(金)> どんぐりの背比べ

昨日実施した「小論文コンテスト」の問題を「最新入試問題の研究コーナー」にアップしておいた。興味のある方は参考にして頂きたい。業界の先生達にひとこと言いたい。今、入試制度は激変の転換期である。

今後、入試制度はどんどん前倒しになり、「人物評価」「AO入試」「適正検査」の人物入試に急速に変化する。お客さんの要望にダイレクトに対応できる能力を準備しておいた方がいい。
「逆にお客さんに指導を請う」という情けない状況に直面する。

次に面接の意義について少し意見を述べたい。企業は広告費と同様に新卒採用に最もお金をかける。つまらん人間をいったん採用してしまうと急にクビにはできない。ということは企業そのものは「役に立たない人間」に高い人件費を払い続けなくてはならない。これは、企業としては致命的損害と言える。次に仕事の覚えの悪い人材をたまたま採用してしまったとする。企業側からすれば、1日も早く組織に利益をもたらして欲しいと思うのは当然である。

つまり、「一人前になるまで利益を組織にもたらさないのであるから、企業組織側からすれば一人前になるまで捨て金を支払わなければならない」つまり、戦力になるまでは捨て金を垂れ流す(組織に「痛み」を与え続ける)というのが人材採用に対する基本的考え方と言えると思う。
受験生であれば、留年することなくストレートで国家試験合格まで走れる人材を取りたいということになるだろう。だから推薦入試の評定が高いということになる。

人材採用はとてつもなく重要で「人材=人財」と言われる所以である。
個人的意見で恐縮だが、毎日見ている印象の良い生徒でも模擬面接をすると不思議と印象が薄くなり、普段あまり目立たない生徒に対して「この子欲しいな~いいな~」とか思ってしまうのである。自分自身で「あれ?」とか思ってしまう。その場の魅力に誘導されているのだろう。

引き込まれている自分に後から気づくのである。面接官が3人ということは、ボクシングのジャッジと同じで「ドロー(引き分け)を発生させないため」とも言えるだろう。つまり3人中の2人以上を「言葉と態度の魅力」で引き寄せなければならない計算と言える。

つまり、言いたいことは毎日良い印象を受けているにもかかわらず、「面接の場というフィルター」を通すとかなり逆転が起こるということだ。

大体、視野が極端に狭くなっている受験生が「自分を客観的に観る機会などない」のだから、講師の中には無理して「洗脳」を仕掛けようとする講師もいる。例えば、私立の獣医学部の受験生なんて日本に5大学しかないのだから、ほぼ同じ顔の受験生だろう。私立の医大も、これほど受験校が重なる受験もないだろう。悩みもほぼ同じだ。

だからこそ「僅差」にこだわる。これが見えているようで見えていない。また、指導できる人材が市場に少ないからという理由もある。これも「盲点」と言えるかも知れない。

自己管理の「7つのアドバイス」制作秘話

受験勉強において最も大切なものは勉強うんぬんの前に「自己管理のベース」を創ることではないだろうか? この下地が完成していない限り、何をやっても大きな目標は達成できないのではないだろうか?

そして、自分が「たるんでいる」とか「ゆるんでいる」とか本人も家族もわかりにくい。外見からでも判別しにくい。しかし、うまく計画通りに運んでいると「喜び」や「充実感」は産み出されるはずだ。ということはそのための導入マニュアルは必要ということか?

もともと医学部の面接も自分で目標を立てて自力で努力精進できない生徒をはじくためにある。ということは制作の意義があることか?

長期的勉強が計画通りに運ばないとストレスが発生し、イライラも生み出される。効果も出にくい。もしかするとこの部分の下地が最も重要なのではないか?
そういえば合格体験記をマネして失敗している受験生は山ほどいるだろう。

さて、どうやって創るかだ。 いくつかのポイントは浮かぶ。
イメージをどういう生徒に効果的なのか吟味する必要があるだろう。
「長期的な勉強をしたことがない生徒が自然にレールに乗れるようなマニュアル」がいいだろうと思う。

 
【~迷いのない自己管理を目指して~:医歯学部受験生に送る7つのアドバイス】

AO入試のグループ面接

高知大学医学部AOのように6時間から8時間もかけてグループ作業をさせるケースがある。それを四方向から複数の面接官が言動や様子や感想を記録する。
これは今後増えていく選抜方法になるだろうと思う。
 
これは企業の新人研修や幹部研修とまったく同じスタイルである。私も数年前、全国の塾長や予備校の幹部と共に名札をつけてグループ分けさせられて京都で参加したことがある。AO受験予定者は貴重な情報だからよく聞いてね。
 
この時のテーマは「新しい塾を新しいサービス体系で完成させてグループ毎に発表し、その順位をつける」というものだった。
 
大体、全く知らない人間とグループになること自体が抵抗がある。まして普段えらそうにしているアクの強い人間のグループだ。(1)まずランダムに考えられる意見をすべて紙に書き出す。(2)同じような意味の意見はまとめて数を減らす。(3)その次に最後に重要な点3つに絞れと指示が出た。
 
この時に意見の衝突が絶対にあるからそこをどれだけスムーズに運ぶかが重要な問題になる。協力的な人間や非協力的な人間の差も出る、イエスマンや自分の意見を持たない人間もコントラストがはっきり出る。
 
そして最後の発表をしたらものすごいグループ毎の差が出る。優勝者と最下位の差は天才と幼稚園児の差位出てしまう。これには私も驚いた。
 
私のいたグループは3位だったが優勝者との差はとんでもなくあったと思う。これだけプロセスの中で差が出る人間力の違いに驚いたし、反省もした。
 
グループの力を最大限に出させる力はそのままチーム医療の成功につながると言えるだろう。その時の優勝は広島のセンター英語の本を出しているY先生のグループだった。
 
まさに「AO入試=人間力」を試しているいい例だと思う。 初めて出会った人をまとめ最高、最良の結論を導き出す。まさに組織のパフォーマンスを限られた時間の中で絞り出す。重要な能力である。
 
しかし、2日間に渡り、1日8時間も試験を実施する大学側も大変だと思う。
それ位やらないと恐くて患者の前に出せないという時代背景もあるのだろうと思う。
 
しかし、大学に「どんな内容ですか?、どんな試験ですか?」と聞いても一切答えてくれない。理由は考えたらわかるよね?
即答できない人は試験会場でパニックになりますよ。

医歯学部受験予備校指導記録89

<1月5日(土)> 集中力

「どうだ?直前の心境は?」と聞けば、「そうですね。ちょっと浮き足だってますね。」と答えが返って来た。この浮き足だった状況で(追い込まれた状況)でどれだけ当日爆発できるか
どうかだ。大体、現役生は間に合わせようと必死であるから浮き足立つ暇がない。だから当日浪人生に勝ったりするのだと思う。
 
今まで勉強してなかった体育会系の生徒が強いのは、試合に向けてコンディション創りに成功した場合もあれば、失敗した場合もあるからだと思う。以前、甲子園球児を指導したことがあるが、さすがに集中力と上昇のスピードはあったと思う。

よく成績が下がったから「クラブ辞めさせる親」がいるがそれで上昇したケースは聞いたこともない。むしろ下がったりする。スポーツで身につけた集中力は捨てない方がいい。

予備校にプロレスラーの卵がいたり、高校時代の藤原紀香がちょっとだけいたなんて聞いたこともある。(ちなみに女優の沢口靖子の高校時代は南海電車のシンデレラと言われる位有名だったらしい。俳優の赤井英和の恐れられている噂も相当有名だったらしい。)

「集中力の差」の良い例が、全日本ラグビー選手権で社会人NO1と大学日本一が激突すると思う。その勝者の歴史を振り返ると圧倒的に社会人の方が強い。
おそらく社会人は大学生よりも練習時間は少ないはずである

その少ない練習量の中で「差」が出るのは集中力の差ではないだろうか?

わたし自身の例を上げれば中学高校と柔道部だった。
中学は柔道部主将でサッカーのフォワード(反則退場専門のフォワード)もやっていた。
高校は柔道部の副主将だったが、よく警察署の中にある警察道場に練習に行っていた。

バリバリに練習していたので最初は「ポリ公ごときに負けるわけがない、第一練習量が違う!」と生意気に思っていた。

本物の警察と対戦できると思って最初は喜んでいたことを覚えている。
また、前日、プロの警察官を投げている自分を想像してニヤニヤしていた。
初めて警察道場に行った時もニヤニヤして入っていったと思う。

(このニヤニヤした状態というのが当時の私が「いかに人をなめきっていたか」がよくわかる。相手を尊敬し、「礼に始まり、礼に終わる」という真髄のかけらさえも頭に入っていなかったかがよくわかる。単に「ゲスな高校生」だったと思う。)

また、警察官達が練習前にタバコを吸っているのを見て「けしからんポリ公や、見とれや!」とか思っていたと思う。

翌日、学校で「昨日、ポリと試合してな~全然大したことなかったわ!」とかえらそうに自慢するヒーローとしてのセリフまで考えていた。勢いのある高校生が警察とは言え、スタミナのない中年に負けるわけがないと計算していた。

スタミナの切れやすい組み方をして、疲れさせた後にチャンスは必ず来ると我ながら姑息な勝つためのシナリオを事前に考えていた。

しかし、実際にやって見てとんでもない衝撃を受けることになる。
柔道は不思議なもので組んだ瞬間に「あっ!負けるな、投げられるな」とわかるものだ。
相手が強ければ強いほど早い段階に肌感覚でわかる。

警察官にはただの1度も勝つことはできなかった。
有効1回位取れただけだった。

もし、不良にかぶれている生徒が見ていたら忠告しておこう。
「警察官はめちゃくちゃ強い、だから逆らうな!おとなしく何でも自首しなさい」と....

ちなみにその警察より上の政治家なんかのボディガードをしているスーツを着たSP
(政治家の講演会なんかで後ろに左右に2人位たっている屈強な男達)
なんかは空手の先輩がやっていたが、更に天文学的に強い。

先輩の中には企業の社長のプライベートボディガードを月に30万円でやっていた人もいた。
仕事は、車の運転とボディガードである。(1)
たぶん、逆らうと「まばたきをする瞬間」に病院送りにされると思う。

警察官のおもしろい見分け方のひとつとして「ずんぐりむっくりでガニ股で歩いているタイプ」は柔道の出身だと思う。体がでかければ内股や大外刈りを得意としていることが多い。小さければ相手が気がつかないスピードで「背負い投げ」で来るだろう。
逆にスマートな体型は、剣道出身だろう。警棒を持たせたらどうなるかわかると思う。

今なら手も足も出なかった理由はわかる。警察官は当時高校生の「へたれの私」より、常に緊張して現場での集中力が研ぎ澄まされていたからだと思う。

「かける技が全て読まれている」し、反則だと思うのだが、背負い投げに入る瞬間に一瞬、カウンターで膝蹴りを合わせて来られた時に「こいつら本物や~!」と思った。
(警察官の現場での犯人逮捕術の一つだと今なら分析する。意図的な反則ではなく、職業柄自然に警察官が反応したのだと思う。カウンター攻撃は最大のダメージを与えるものだ。)

そこから最後まで投げられ放題だった。

そして、あれだけの練習をした後にまた再びタバコを吸っているのだ。
「ぼうや、悪いけど十年早いよ.....」と言われているようだった。

つまり、「本当に効果のある限界まで集中した時間だけが栄養になる」
そして「その積み重ねがいざという時の不動心を産む」のだと思う。
書きながら当時を思い出した。

明日から警察官を見かけたら感謝をこめて「お疲れさまです。ご苦労さまです!」
と言おう。

意外なことかも知れないが、柔道とか空手とかボクシングを始める子供は「元いじめらっれこ」が多い。「いじめられた経験」と「いじめられた自分が許せない」とか2つの感情を同時に持っているものだ。そしてコツコツ努力する。
性格も単純そのものだ。

もう一つは「俺ならできる」と世間をナメきったようなタイプだと思う。とんでもない不良もいるが、大体おとなしくなる。「上には上がいる」と強烈な痛みと共にわからせてくれる世界だからだと思う。不良少年更正には非常に効果的だと思う。

私も中学から柔道を始めたのは、「学校で最も権力がありそうなクラブ」だったから入った。「できるだけ早く学校内でえらそうにしたい」という理由だけだった。

もう一つこの世界には「最初から天才」もいる。ただし、練習嫌いである。先輩にすごい人がいた。この先輩、目の前で「腕立て1000回」やったのはびっくりした。翌日、腕が腫れて休んだが、非常にかっこよかった。

この先輩の弟がまた「天才」だった。背負い投げで投げられても「ブリッジで支えて背中をつけない」のだ。信じられない位の「猫のような反射神経」の持ち主だった。
1回も勝つことができなかった。

また、先輩のような天才には投げられる瞬間が読めない。気がついたら視界に天井が見えていた。柔道の軽量級の野村選手なんて「神」レベルだと思う。
絶対、投げられた瞬間もわからないし、入って来る瞬間もわからないだろうと思う。

もともとの天才っているんだなと思った。「天才のDNAってあるんや」と思っていた。
でも兄弟2人とも地味なおもしろくない練習はしない。
一定の所までは急激に伸びるが残念ながらそこで止まる。
才能だけで試合に出ていた。

こういう先輩を見ていただけに柔道を始めた時に毎日、「受け身」の練習がいやでいやで仕方なかった。冬は畳が凍っているため、手や背中が痛いのである。
いやいややっているのが顧問にばれて、ある日訓話を聞かされた。
(投げられるか殴られるかどちらかだろうと緊張して顧問の前に行った)


顧問:「おい、お前、受け身は何のためにあるかわかるか?......」と

:「(鉄拳がいつ飛んで来るか心の準備をして)........」

顧問:「いいか、ビルの8階から落ちたら即死や、でも受け身を知っていたら救急車で済む。
それが受け身や!」と
 
当時はそれを聞いて完全に納得する位単純だった。(笑)
次は感動して聞いたケースだ。

師範:「おい、お前、ジョギングは何のためにやるかわかるか?......」と
 
:「多分、健康維持とスタミナアップじゃないんですか?........」
 
師範:「いいか、大体みんなそう思ってやってるよ。でもな、違うんだよ。本当は胃腸を強くするためにやるんだよ。」と
 
「なるほどな、さすが一流の人は言うことが違うな。」と感動した。理由や効果もわからずにやみくもにやっていることって多いよなと思ったものだ。

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<参考情報(1)>

SPの先輩が言っていた。最も緊張するのは政治家の街頭の演説会だそうだ。聴衆の中から1人が包丁を持って突っ込んで来た時は冷静に処理できたから良かったと言っていた。大阪の橋下さんは演説の時に10人もSPをつけている。本当に危険を感じているからだろう。政治家とは命懸けの仕事なのである。

謙虚さと素直さの重要性(自らの反省記録)

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これも反省だが、中学や高校時代は生意気で仕方なかった。そのためしなくてもいい遠廻りをしていた。

高校の柔道の県大会ではみんな必死でコンディション調整する。例えば、選手なら試合と試合の前や間なんかは「バナナ」か「スポーツ食品」で消化の良いものだけを口にするだろう。私は試合と試合の間も「甘ったるい缶コーヒーのジョージア」を飲んでいた。今、考えても自分で損をしない限り、理解できない馬鹿だったと思う。

空手の試合でも調子に乗って1度中量級に階級を上げて75kg制限までのクラスにエントリーしたことがある。第7回全関西ウェイト制大会だったと思う。
今考えるとほとんど自殺行為である。

普段80kgの選手が5kg減量して出て来るのに60kg台の人間が出るということは20kgの「差」である。20kgnの差がパンチや蹴りに乗って来るのにである。
おまけに体重を上げるのに前日に焼肉食って試合の直前にたらふく「ごはん」を押しこんでおまけにユンケルの最も高い金額のものを飲んで出るという信じられないことをしていた。

普通は焼肉など消化に時間がかかるものなど前日に絶対食べない。
単になめていたからだと思う。 それ以上でもそれ以下でもない。

または「俺ならなんとかなる」とか思っていたからだと思う。(自信過剰なのか馬鹿なのかプライドの高いやつは当たり前にこんなことを考えるから始末が悪い。第一人の話を聞いていないのだから予想できる明らかにわかる展開が全く見えていない。)

当然のごとくボディを徹底的にきめられ、女子トイレで吐きまくったことがある。なぜ女子トイレかと言えば、まさに倒れる寸前と「猛烈なはき気」で意識もうろうで男女のトイレの区別がつかなかったというのが本当だった。あまりに強烈なダメージを受けると全身に強烈な悪寒も同時に走る。 (とにかく痛いのと寒いのと同時に起こる)

しかし、当たり前のことが当たり前に起こっただけである。

本当に痛い思いをして損して初めてわかる愚か物人間だった。たしか女子トイレで汚物を口から流しながら寝ていたと思う。 しばらく動けなかった。

完全に破壊された。この時の全身の痛みは約20年経っても今だに覚えている。
ここまで破壊されてやっとわかるのだから自分が本当にいやになる。
(中学の時に車にはねられているが、この時の痛みの方が数倍強かったと思う)

しかし、警察に通報されずに良かったと思う。というより40分以上自分が吐いた汚物にまみれて寝ていたのだから、たぶんドアを開けた人がすべて逃げていったのだと推測する。あるいは、変質者と間違われたか?は今だに不明である。
(トイレのドアを開けたら空手着を着て更に口から汚物を大量にたれ流して倒れている人間がいたら普通は逃げるだろう。)

「生意気な性格」というものは本当にこわい。
この天罰を受けてから「科学的トレーニングの重要性、コンディション調整の大切さ」にやっと気がついた。
もともと素直で謙虚だったら上記のような馬鹿なことはしないだろう。

それから食生活や規則正しい生活を目標達成のために大切に思い始めた。
受験生の中にも生意気で人の話を聞かない生徒もいるが、聞く準備ができてない限り遠廻りをするだろう。また私もその聞けない気持ちもよくわかる。

性格を変えるのは大変なことだ。 大体聞いているようで聞いていない。
もし、保護者の方が読んでいて自分の子供が「生意気かプライドが高すぎて困る」という方であれば、本人が徹底的に「どん底」に落ちないとわからないと言える。
それ位難しい。(自分が子供を持つまで子育ての大変さが理解できないのと同じ)

傷つき→気づき→築く(新たなものを再構築する)
にはとてつもない時間がかかる
それをどれだけ早く気づかせるかが問題だ。

生意気だった人間が言うから間違いない。 
ただし、そこから失敗を教訓にして「深く考え始めるようになった人間」の成長はものすごく早いと思う。

 
PS:東京のN様へ

数学CのDVDは複数人で見て内容チェックをかけるのですが、22日から試験ですね。
今回のCは医大に絞ったものではなく国立京都大や私立の早稲田などの問題も入っています。
Cの問題として適したもので製作されています。できるだけ早急に送ります。

医歯学部受験予備校指導記録90

<1月6日(日)> 高校の知りぬぐい(受験生の保護者へ)

受験が近いので日曜日も書く。「100号まで行く」と宣言した限り、絶対に達成するつもりだ。最初から読んでいる人は「あ~忙しくなってきたんだな」と思ってくれればうれしい。今日は全国の受験生を持つ保護者を対象に書こうと思う。

現在、必死で追い込みをかけている受験生を冷静な目で見て欲しい。例えば、最高峰の医学部受験生といえども最初は高校でやるべきことの2割位しか定着していない状態から始める場合もあるのである。昨日、物理の先生が「高校行くの無駄ですよ。どこまで抜けてるんやと思いますよ。

なんで一週間にこれだけの時間があってなんで3年間もあってこんだけしか定着してないんですか?」と 言っていた。「現役の時間のなさ」は直前にならないとわからない場合が多い。あるいはもう諦めているか......

予備校に与えられた期間は実質9ヶ月である。正直に言えば、高校の3年分の責任を9ヶ月でやれ!と押し付けられているのである。(まず、ここを完全に理解して欲しい)
(そんな「間抜けな高校」があるからこそ塾とかがあるんやろ。だからいいんや!という声もあるが、今日は中立の立場で書こう。完全にこれもお客さんが気がついてない所だからわからせる必要もあると思う。)よく考えて欲しい。

予備校や塾が9ヶ月で終了できることを、高校には365日×3の猶予があるんですよ
でもそのこちらから見れば十分長すぎる期間で2割位しか定着していない生徒がたくさんいるんですよ。そこそこの進学高校の生徒でも驚くほど定着していないんですよ。

3年間で36ケ月もあるのに数学や物理・化学の恐るべき定着の悪さなんですよ....

実質9ヶ月の指導だから4倍ありますよね....

ゆっくり行ったとしても因数分解もあやしいなんて考えられないですよね。

大体、私立高校の売りである「学校以外に塾に行く必要はありません」とか言いながら、夏位から学校を脱走して来る生徒だっているんですよね。

だから、高校の先生がもっと研究して腕を磨いてやるべきことをしっかりやれば、塾や予備校なんて必要ないんですよ。保護者も更にお金がかかる必要もないんですよ。しかし、正直な所、今の高校の内容の定着度の悪さは現場の人間から見てひどすぎるんですよね。

間に合わないですよ。毎年間に合ってないんですよ....
間に合わないようになっているという方が正しいかも知れない。

自動的に2浪まで行くようになっているという方が更に適切かも知れない。
1浪目が進学高校の意識の高い生徒の高校3年時と同じだから...

そうするとわかるでしょ?、多浪ゾーンと言われる3浪目が実はものすごく近いと言うことが.. 自動的に2浪まで行くとしたら
その後のつまづき方にもよると思うが...ここに気がついていない

学校現場には色々と受験指導以外の部分もあり、大変なことはわかりますので、以下は適当に流している先生に向けて書いたものと理解してくださいませ。


<原因>

1、高校の指導が全く的を外している。

2、競争原理が働いていない。

3、教室内にモチベーションが起こっていない。
(生徒のやる気ゼロだからただ時間だけが過ぎている)

4、いくらでも手を抜こうと思えば手を抜ける

5、視野が狭い

6、研究をしていない(自分のわかるテキストだけを利用している。予習をしなくて済むからだと思う。やったことのある問題なら覚えているし、予習の時間を他の仕事に廻せるからだ
と思う。「楽を覚えるとどんどん手を抜いていく」ようになるし、当たり前になってくる。)

7、生徒が学校を脱走するということは「ここにおっても時間の無駄」と生徒に見切られている。

8、強制補習の内容が最悪(保護者はわからないだろうが、全く意味がない。
見る人が見ればわかる。本番で点が取れるとは思えない。

学校の先生の配布プリントを見ればすぐわかる。ただ強制的に収容されているだけだから貴重な時間の無駄であり、生徒が逃げるのも無理はないと思う場合がある。)

9、中間、期末テストと入試本番の距離が遠すぎる。

10、面接、小論文指導においては何もやっていない。やり方さえもわかっていない。

11、諦めているのか「お前、俺はわからんから予備校行け」と放棄している先生もいる。

12、高校現場の意識が低いので「どうやって欠点を出さないか?」の方に努力をする。


私も中高一貫進学高校で指導したからわかるんですけど、「自分の視野が内向き、内向きになるんですよ。自分の高校の生徒だけが基準に見えるんですよ。怖くなりますよ。自分の高校の中の先生と競争しても地区大会は勝てても全国大会では予選落ちするんですよ。
 
何十年も同じ学校で同じ人間といたら、外部の変化ってわからなくなるんですよね。
鈍感になるんですよ。同じ努力を惰性でやり続けるようになりますよね。

そして保護者も学校でやってる内容がいいか悪いかまでわかんないんですよ。
たぶん「進路のバリエーション」が多いから手が廻ってないと思うんですよね。

だから民間の塾とか予備校に簡単に負けるんですよ。本来、同じ人間だし、同じことをやればお金と時間と労力をかけてまで行く必要ないですしね。

お客が別の所に動くということは「ひどい」ということ以外に考えられないんですよ。

あるいは、もっと金銭的負担は軽減されると思うんですよ。だって予備校の3倍の時間を与えられているんですからね。でも3年間で定着が「ゼロ」というのがざらにあるんですよ。大変なことですよ。学校は何やってるんですかね。

塾や予備校でもう1回学校と同じことをしなくちゃいけないんですよ。本当に時間とお金の無駄なんですよ。」

それと学校の先生に言いたいことは、(他塾の場合も含めて)学校でやっている指導、使用しているプリントや教材、発言等すべて塾や予備校等の民間機関に流れて、吟味されていることを忘れてはいけないと思うんですよ。これは仕方ないですよね。

「こんな教材やプリントこの時期にありえない」とか「学校で板書したノート等」を見れば、「化けの皮」はすぐはがれるんですよね。また、学校の進路指導で言われたことは更に塾や予備校等で「どんな指導しとんねん?」と再びチェックされているんですよ。

そこで何も知らなかった父兄が「知恵」を入手して更なる学校不信が造りだされるわけですよね。

ある意味、学校不信というのは「塾や予備校の再チェック」によって造られている所があるんですよ。(だから憎まれる存在なんですね。)
また、モンスターペアレンツが発生しても仕方のない所だってあると思うんですよ。

でも、国立志望の現役生が本番で7割台で止まるのも、そこから慌てて私立対策に走っても完全に間に合わないのも、小論や面接も全てできていなくて願書の志望理由さえ書けずに「単なるパニック」として貴重な一年が終了するのもこれまでに何年も繰り返されている、今だに改善されていない事実なんですよ。

毎年同じような失敗を繰り返しているということは、「学習」されていないということなんですよ。あるいは改善する気もない位麻痺しているかだと思うんですよ。更に「推薦出す代わりに生徒が行きたくなくてもここ受けろ」とか最初から難関私立志望専願なのに強制的にぎりぎりまでセンター対策だけやったりしているんですよね。

受験前から「今年はあきらめて来年につなげ」なんて言ったりしてますよね。わかっていると思うんですが、「浪人しても次にうまくいく保証なんて絶対にないんですよ.....」

日能研理事長、日能研関東会長の小嶋勇会長が「いきざま」という本の中で興味深いことを書いてますよね。「学校関係者をあ然とさせた究極のアイデアを実行したこともある。

ぬるま湯につかりきった先生方の目を覚まさせようという一種の「ショック療法」のつもりで考えついたアイデアだ。日能研関東では、首都圏の私学関係者をお招きして「私学対象講演会」を定期的に開催している。品川プリンスホテルを会場に全部で202人の先生方にご参加いただいた。

この時、私は参加者をそれぞれの学校の偏差値順に座らせたのである。偏差値が低い学校は、一番前の列、以下順番に席を割り振り、偏差値の高い難関校は一番後ろに座ってもらった。当然ながら会場には戸惑いとどよめきが広がった。

前の方に座らせられた先生方は屈辱的な気持ちになったに違いない。だが、それこそが私の狙いだった。理由は言うまでもないだろう。偏差値の低い学校ほど私の話を聞いてほしかったためだ。偏差値が低いのは、その学校の努力が足りないからだ。

人気がないのはその学校に魅力がないからだ。つまり、偏差値を上げるには、問題点を改善して魅力を高めればよい。私はそれを訴えるためにこの講演会を開いた。だからこそ、あえて嫌われることも覚悟のうえで、常識外れ、おきて破りの着席順にしたのである。

講演の冒頭でさらに一発かました。参加者の中に普段着のままバスケットシューズ履きでやって来た先生を見つけ、「人の話を聞きに来るのに何だ、その格好は!あなた方は非常識なんだよ!」と怒鳴りつけたのである。(1)」小嶋会長が言うには「学校の常識は世間の非常識」だと。更に小嶋会長の素晴しい意見として次のようなものがある。

「受験勉強について、もう少しだけ話しておくと、「失敗する悔しさ」を経験することも大切だ。
それによって、心の痛みを覚えることができるからである。実際、私は保護者にこう訴えている。「受験する時には、必ず1校は落ちるようにしてください。

どこか、いわゆる記念受験をしてみてもいい。落ちることもまた、子供にとって貴重な体験になるのですから。この受験で受かる喜びと、落ちる苦しさの両方を必ず体験させてください。」

「かく言う私も五十数年前、中学受験で失敗している。私も某私立中学に入学した口だが、第一希望の学校はものの見事に落ちた。だからこそ言えるのだ。決して負け惜しみで言っているのではない。なぜ落ちたか、答えは簡単だ。

自分より努力した者が合格し、努力が不足していた者が不合格になる。

ライバルに負けた悔しさ、応援してくれた両親や先生に対する申し訳なさ、そして何よりも自分自身の不甲斐なさへの怒り、情けない思い--あの時に味わった諸々の感情は、間違いなくその後の私の人生に役立っている。心の痛みを知ることで、他人を思いやる感情も育ってくる。周囲の人間への思いやりや感謝の気持ちも、より強く感じるようになる。それがいつか自分に戻ってくることも失敗した経験を通じてわかるようになるのである。

人は自分一人では生きていけない。親、友人、兄弟、妻や子供たち、そうした人々の支えと協力があって初めて自分の自分の人生が成り立つことを、決して忘れてはならない。(2)」
「外の世界を知らない小さな権力者」たくさんいますよね。

今年は「高校の尻ぬぐい」が異常に多かったのでぜひとも報告したいと思う。
少し、感情的になりましたが「未熟な人間だからこそたまには感情的になる」と思ってください。

「もう少し、早く来てたら」が多いと責任転嫁したくなりますのでご理解ください。


(1)参考文献:「いきざま」P204~205日能研理事長 小嶋勇著 高嶋健夫編
日経BP2007 
(2)参考文献:「いきざま」P250~251日能研理事長 小嶋勇著 高嶋健夫編
日経BP2007

素晴らしい先生の紹介

今日は素晴らしい先生の紹介をしたい。空手関係の後輩から「先輩、一緒に行きませんか?」と誘われたのだがあいにく忙しいので行かなかった。

後で調べて見ると最初は珍しいドクターがいるものだと思った。もし、学校関係者の方が見ていたらスポーツの中で起こる事故については今、最も積極的に活動されておられる先生なので講演を依頼したらいいと思う

武道の多数の道場でも起こる事故については熟知されている先生だと思う。
今、柔道事故が多い学校現場において指導者の講習にはこの先生が最も適していると思う。

DVDも出しておられるし、動きを見て「この人相当詳しいな」とすぐに分かったので宣伝したい。
後輩によれば「人間的にも素晴らしい先生だ」と言っていた。
この後輩も相当練習の中で起こる事故については詳しいので紹介したい。

いつか何らかの形で接点があるかも知れない。 
この人が手がけたイベントが今や全国規模のイベントになりつつある。

閉鎖的な医師会の中で最初は多くの反対を受けたらしい。
すごい人がいるものだと感心した。 おまけに出身も同じ九州だと聞いている。
ましてゆかりのある福岡ではないか。

Dr.F と呼ばれる異色の先生かも知れない。

二重作拓也(ふたえさく・たくや)先生

高知大学 医学部出身
スポーツドクターとしての本も出している。
日本医師会認定健康スポーツ医
日本臨床スポーツ医学会、
日本リハビリテーション医学会員
 
また、DVD等の動画もネットに掲載されているので体育会クラブに入っている高校生も興味深いトレーニング方法が紹介されており、医学的見地からの解説も興味深いと思う。受験生も勉強の合間に見たらいいと思うよ。
 
DVD:格闘技の運動学VOL1&2のサンプル動画を見たらいいと思う。
「こんなドクターいるのかよ???」と驚くと思いますよ。

動画を見るといいストレス解消になると思うよ。この先生経験者としても本物ですよ。
首都圏でセミナーやイベントも定期的に行なう場合があるので興味のある人は参加するといいだろう。

PS:更に驚いたのは私が若い時にタイプだと思っていた美人キックボクサーが今、この先生の奥さんだと聞いて更にビックリした。嫉妬心も少しある。
いや、かなりあるかも...(笑)

医歯学部受験予備校指導記録91

<1月7日(月)> 危機感と叱ってもらえることの重要性

数学CのDVDの第1弾が今日の朝から飛び立って行った。待たせていたお客さんには本当に申し訳ありませんでした。ぜひ、メールででも批評をお願いします。批評を受けないと成長しないんですよ。変に保護されてしまうとダメなんですよね。これは指導されている方ならわかるでしょう。言ってみれば、「頑固な芸術家」みたいになるんですよ。

私もそうですよ。年々、頭が固くなっているような気がしますよね。
もうひとつは固定観念との戦いですね。

体が固くなるにつれて頭の中も固くなるし、第一時代に取り残される。

「お前のやり方はおかしい」と助言されても心の中で「いや、絶対にそんなことはない」
「ずっと前の生徒は私を賞賛していた」なんて反抗している自分がいるんですよ。

バカですよね。以前、カウンセリングの記事で長く受験生活を送っている生徒が「変にプライドだけが高くなり、性格が屈折してくる」と書きましたが、これは受験生だけでなく指導者側も同じようにそうなっていくんですよ。

麻痺するのが怖いから自分自身で気をつけないとダメですね。

「言うことを聞かない」とわかると次に「言っても聞かないからしゃ~ない」となり、最後は相手にされなくなるんですよね。「自分を怒ってくれる人がいなくなる」ということは恐ろしいことですよ。全部、自分で勝手に判断しますからね」気がつけば「誰からも相手にされない裸の王様」だけがいるんですよ。

社長とか先生とか髪型とか服とかダサい人多いじゃないですか?
きっと廻りが「ダサい」と言えないから変わらないんじゃないですかね?
恐いですね。

ある弁護士受験生が、最も傷つけられたが、「最も危機感を感じたことば」を紹介しましょう。弁護士受験だから長くかかるのが当然だから「ゆっくり行こう」なんて思っていたわけですよ。そんなに家庭も経済的にも困っていない家の子ですよね。

はっきり言えば「危機感ゼロ」ですよね。

なんと言われたかというと「お前な、今のお前は何の価値もないんやで。たしかに大学まではいい大学出てると思う。でもな、お前はな、日本のGNPに全く貢献してないんやで駄菓子屋のおばあちゃんだって日本のGNPに貢献してるで、お前それ以下やで」と。

たったのひと言で変わったりするわけですよ。でも、そのひと言で叱ってくれた人間がいなかったら「ぞっ!」とするはずですよ。いつまでもわからんからですよね。
「その時は腹が立って腹が立って仕方なかった」と言ってましたけど、よく考えると事実なんですね。だから、よけいに腹が立つんですよ。

何年か立ってその時のひと言を受け入れることができるようになってて、今は怒ってくれたこと、そう言ってくれたことに感謝しているって今でも言ってますよね。

もう、一人上げましょう。兵庫医大に合格して「さ~入試で苦労したから遊ぶぞ~」と留年はするわ、国試何回も落ちるわでどうしようもない奴でしたよ。
でもある事件ですぐ国試も合格したんですよ

阪神大震災で親父が亡くなり、病院も地震で壊滅、母親は新興宗教に走り、兄弟は全て大学在学中だったんですけど皆辞めざるをえなくなってしまったんですよ。
文字通り「全くのゼロ」になったわけですよね。長男ですよ、そいつ

「さすがに焦った」と言ってましたね。第一国試の予備校に通学する交通費がないから予備校まで歩かなければならないわけですが、これはそいつにとって経験したことのない世界ですよ。それまで親父のいい車でいつも遅刻寸前で通学してたんですからね。

その年にすぐ国家試験合格しましたよ。今は有名な病院で働いてますけどね。
とにかく受験とか言う世界には「叱ってくれる人間や危機感」が不可欠なんですね。
そういう意味では「先生」と呼ばれる職業の人達は、生徒以上に一番気をつけるべき人種なんですよね。

自分自身を「単なるサービス業の親父」と置き換えて認識を変える必要があるんですよ。そうすれば多少は謙虚になりますよ。「先生」なんて高尚な名前で呼ばれるから大きな勘違い起こすんですよ。
(これは常に自分自身にも言い聞かせないとすぐに勘違いするんですよ)

「そんなに言うほど大したこと教えてないでしょ!」と言いたいですね。

ただし、今の時代は先生は「怒らない」より「怒れない」ようになって来ているのが心配ですよね。 これも問題ですよね。

もしかするとこの「勘違いから反省そして迎合そしてまた勘違いの繰り返し」かも知れないですよね。 人間反省してもまたすぐ忘れますからね。

 
PS:福井県のSさんへ 

できるだけ早く数CDVDを送ります。今週中に入手できるように送ります。
お待ち下さい。がんばって合格してください。もし、指導者の方であれば生徒さんの合格のお役に立てれば幸いです。

PS:東京のNさんへ

東京のNさん、今日朝9時過ぎに送りました。明日には到着すると思います。
「僅差の戦い」ですから勝ちに行ってください。合格を心から祈ります。
波に乗ってくださいませ。 時間配分に気をつけてください。

なんか似てるよな、なぜ多浪したのか?

ここではスポーツの例を出して教訓を述べることが多い。なぜならそれが最もわかり易い例示になるからだと思っている。難しい般若神経や孔子や孟子の教えが高校生や20代の若者の腹に落ちるとはあまり思えないからだ。
 
なぜ、成績も良いのにいつまでも浪人するのか?
 
なぜ、いつまでも「負の連鎖」を繰り返すのか?
 
特に多浪生の親は長期間苦しまないといけない。
 
もしかすると性格の影響が根本に大きく染みついているのではないか?と思う。
と言うことは人間の成功において最も重要なのは「成功する性格創り」にあるのではないか?とも思う。

参考になると思うが人間の能力開発の研修では2つの部分に焦点を当てる。
 

  1. 成功する性格創り、成功する哲学創り
  2. 潜在意識の改善

1の部分はかなり長期間家庭のしつけや環境によって創られているためなかなか改善されない。2については最短距離を示してもゆがんで伝わったり全てゆがんで解釈するから最短到達を遮断してしまうという理由ですね。
 
先生の中にもいるんですよ。「こいつは医者になってはいかん性格をしている」と判断したら100%のアドバイスをしない。世のためにならないと思うらしい。
もう心の中で見切っていると言うか...

ベテランのポリシーの固い先生の中にもいますよ。
この生徒が医者になると患者のためにならないと判断するんですよね。
読んでいる先生達の中にもいますよね?

だから「人に助けられる性格創り」をしなければならない。
「人が手を差し伸べたくなる性格創り」をしなければならない。
目上の人が助けたくなる若者は絶対に人生の中で得ですよ。

いますからね、憎めないやつほど常に気にかけてもらえるしね。
ここは重要ですよ。 「じゃ、それってどうやって創るんだよ?」となる。

話を戻そう、それは以下の事実だ。

プロ野球選手の中で「ドラフト1位」で選ばれた選手がプロ野球で活躍できずに静かに消えていく数を調べてみたらどうだろう? 
驚くべき事実だ、半分以上がプロで活躍できずに消えて行く。
ヤケクソになって窃盗や暴力で逮捕された人もいる。

イチローはドラフト何位ですか?(4位)
落合監督は何位ですかね? (3位ですが全くエリート育ちではない。)
TVで有名な野村監督は?(テスト生上がりです。)

下位から上がった人は超有名になりますよね?

もちろん1位で活躍している選手もいるだろう。

ではなぜ消えたのか?、なぜ伸びなかったのか?

理由は、自分でなまじ才能があると信じ込んでいるためにコーチの言うことを聞かない、人を見下す、バカにする。アドバイスも聞かない。
常に裏読みする。 聞いたフリをして聞いていない...

高校時代から常に廻りから騒がれていて本人がまさに天狗状態になっている。

「自分は逸材なんだ...」と
そんな奴が無名のコーチの言うことを聞かないのは当然と言えば当然だと思う。

だからだそうだ。

ドラフト下位で入団したら必死に素直でがむしゃらに努力する。
自分の悪い所も治そうとする。
努力もする。

まさに「この違い」だそうだ。

「...何か似てるよな......」

あなたも自分の性格がイヤになる、できれば変えたいと思ったことはありませんか?

最終的に「心の角度や向き方」それが努力を起こさせる源になる。
心が強くないと「大切な持続力」は発生しない。
そうするとやはりどうしても最後は「心のあり方」にいくことになる。

よく受験ママが「本人のやる気がないとね~」とかママ同士の会話で言うだろ?

それですべて終わっているが、「じゃ、やる気ってどうやって創るんだよ?」となるはずだ。それって十分解析されてないよね?

そこの「メカニズム」って何だよ?、考えている人間ってほとんどいないよね。
そこの不快部分の掘り下げって重要ですよ。

ただ言えることは1つの成功例が全てに通じるわけではない。
そりゃそうだろ?、性格も異なるし、育った環境も異なるんだからね。

そんなに簡単に人の人生を好転させることはできないですよ。
ましてやハードルの高い試験なんだしね。

例えばね、多浪生1人合格させるとするでしょ?
どんな感覚だと思います?、TVやドラマで涙流して抱き合ってみたいなね。
そんな感動なんて1度も味わったことないですよ。

そんな感覚ないですよ。少なくとも私は全くないですね。
何か「根の深い木の根っこ」をものすごい長時間をかけて引きぬいたような感覚ですよ。
「良かったな...」位は思いますよ、でも喜びだとかそんな感覚ではない。


「はー、はー」言って息が切れるようなそんな感覚しか残らないですね。
どこかで書いたと思うな...こっちが息切れするとか.... ね。
「重い鈍いような疲れから解放されたような感覚」しか残らないですよ。

マラソンならさわやかな心地良い疲れが残ると思うんですよ。
そんなもんじゃないですよ、精神的疲れが蓄積されますからね。

一人一人抱えている問題はすべて違うんだから...
清涼飲料水を大量生産しているのとは違うんだから...

それ位、根が深い問題だと言いたいんですよね。
それ位、脱出は難しいと言うことですよ。

ひとりひとり持っている「闇の奥が深い...」とでも言うんですかね。

最後は「精神的な持続力や脳のスタミナ」等も関係していると思いますね。
集中力途切れると途端にケアレスミスを連発しますよね?

神風が吹くケースは精神的にスイッチが入るのに似てますよね。

ボクシングの世界タイトルでよくあるケースが打ち合いを続けていてですね。
「もう負けるかも...」とギリギリの状態で打ち合っているとしますよね。
そこで自分のラッキーパンチが当たって、相手のヒザが「ガクッ!」と落ちたとする。
それに自分が気がついたとする。


するとね、疲れていた自分がウソのようにエネルギー100倍で生き返って一気にたたみかけて世界王者になったりするんですよね。

空手の先生にもいましたよ。アバラ骨2本折れているのに、次試合に出たら内臓に折れた骨がささって危険なのにそれでも試合場に上がっていってKOで勝って帰って来た人いましたよ。(笑)

片手で折れた骨の部分ガードして残った足だけで戦って勝つんですからね。
「人間の精神力ってすごいんだな?」ってこの時に思いましたね。

でもその強さを引きだすのはものすごく難しいと思いますよ。

医歯学部受験予備校指導記録92

<1月8日(火)> 教材の評価

数学Cが飛び立って行くので今日は教材について書いてみたい。当方で製作しているのはおもに地方で孤独にがんばっている受験生の救出がテーマとなってスタートした。まず、地方に行くと土地柄か「ゆっくりした気分」になる。しかし、都会に出るとスピードが早い。

何もかもスピードが早い。地方の生徒は不利だろうと思うからである。そして時間のない受験生、孤独で独学でがんばっている受験生、働きながらがんばっている受験生を想定し、刺激を与えるためという意味もあった。

わずか1年半でこれだけのラインアップを完成させた先生達にこの場をかりて感謝したい。
ただ、教材は相手が見えないので、「どこにレベル設定をするのか?」が最も苦労する。

おそらく、都会の進学校の生徒が見るのと田舎の公立高校の生徒が見るのでは全然違うだろう。しかし、数学3Cや化学や小論文や面接をやらずに終了している(物理の定着もひどい)現状を見て産み出したものである。極論すれば、「浪人するようにできている高校」さえもある。

最近の一番の驚きは、センター対策しかやらない高校があった。

私立上位大学を狙う生徒は脱走しているそうだが、国公立医学部の生徒の2次対策なんかも一切やっていない。

「狙いは国公立の医学部の推薦入試合格」だそうだが、そんなに甘くないだろう。
全国から評定4.9位の子が来るのに外したら「即浪人」だろう。たしかに国公立の医学部に入るのは推薦が最大の武器となる。これ以上の武器はないだろう。

しかし、ずっとセンターばっかりやっているから浪人すると翌年2次対策が初めてになり、私立の対策も初めてとなると下手すると「自動的に3浪パターン」になる可能性が高い。
よく聞いてみると4浪の先輩がいるとか言っていたから間違いない。間違ったレールに乗っているので本当に驚いた。もっと早く救出すべきだった。第一そんな高校があるなんて聞いたこともない。特に地方にぽつんとある私立高校にまだあるかも知れない。

教材と言えば「チャレンジ」という子供向けの教材がある。あれはいいと思う。
「しまじろう」はもうひとつだが、「チャレンジ」は素晴しい。

指導者の方でも驚くほどいいと思うはずだ。研究した方がいい。
特に落ち着きのない小学生でもあれはやらせればばいいと思う。特におまけとして付いて来る「虫めがね」だとか、「顕微鏡」だとか「テストタイマー」だとかあのおまけが素晴しい。「一体、誰が開発しているのだろうか?」その辺の駅前の「託児所代わりの個別」や「塾」に行かせるよりいいと思う。

しかし、残念ながら「自分で進んでやるようになれば」の条件付きだが
なぜなら、「自分で突き進む学習の癖」がつけば最高の教材だと思う。だから、「進度管理」を緻密にやれば、いいシステムに変化するだろう。残念なのは「管理」をお母さんがやらなければならないことだ。私だったらどう利用するか?

近所のリーダーシップの取れる優秀な上級生を連れて来て、共に勉強させ管理させる。
「おこずかい」を上げていいものかどうかはわからないが、「ここまで管理したら賞品としてこれ」、「ここまで管理したら更にこれ」と長期にがんばればがんばるほど賞品の質を上げていく「しくみ」を創る。そしてここでお母さんに登場させる。1週間に1回テストをしてもらう。
プリンターのコピー機能で十分だ。タイマーを使い競争させる。

当日の目標さえ達成すれば、ほうびに子供達だけで30分だけDSやらせてもいいだろう。大切なのは時間管理を厳密にすることだと思う。決められた時間は集中させる。

採点は上級生がやる。お母さんは週に1度のコピーだけでいい。近所のママネットワークで上級生は見つかるだろう。主婦のネットワークはすごいので、いい上級生は口コミで出て来ると思う。うまく行けば、地域の助け合い運動みたいなものだ。

大切なのは「能動的に進む姿勢」さえ創ればいいと思う。チャレンジを使い、管理をすれば有名進学塾で落ちこぼれるよりはるかにいいと思う。変に小さい時から「いたれり尽くせりの個別で能動性をなくす」よりもいいと思う。耳と耳の間にある頭をフルに使用させて自分から目標達成させることが重要だと思う。1年間やり遂げたらいよいよ最後は親父の出番だ。子供達のクリスマスプレゼントを豪華なものにするための銀行役である。

母親の負担は週に1回のテスト、親父の負担は年に1回で後は見ているだけでいい。

チャレンジのふろくは本当にすごい。お見それしました!
開発している人は本当にすごいと思う。

ジャニーズはわからない

このブログを書き続けていくうちに読んでいる人が疲れてしまわないために気を使っていることに気がついてもらうとありがたい。なぜなら勉強や精神論の説教だけ書くならいくらでも書ける。

しかし、大切なことを腹に落とすためには多少の笑いやなごませる技術も重要な要素となる。全部最初から最後までくどい説教だったら誰もが読んでいくうちに疲れてしまい、しんどいだけで何も残らない。実は意図的にそうしている。

個人的野望として狙っているのは「おもしろく、かつ役に立ち、勉強になり、そしてモチベーションの上がる内容」を狙っている。「これ、無料で読んでいいんですか?」と言われる位を狙っているつもりだ。
 
だから授業と同じく意図的に脱線している。それはスムーズに読ませるためだ。
意図的にマラソンの最中に水分補給しているようなものだ。
 
それでもしんどいなら読者を引きつける技術が未熟だとして反省したい。それでは今日のリラックスエピソードに行こう。
 
大学時代に芸能プロダクションの0さんといつもいく食堂で知り合い、(たしか女優の大竹しのぶさんのプロダクションだったと思う。)芸能人の卵が集まるクリスマスパーティに行くことになった。 こんな機会はめったにない。
 
この東京から来たOさんはプロダクションの関西進出担当でいつも私の顔を見て「俺、早く東京帰りてーよ!」と言っていた。もしかするとこのOさんが縁でさんまと結婚したのかな?とも思う。
 
「かわいい子さ、たくさん来っからさ、来なよ!!」の関東弁の一言で条件反射でもちろんOKだ。OKに決まっているじゃないか!アイドルの卵だぞ。断る理由なんてみじんもないだろ?と正直思っていた。(笑)

ところでその芸能人の卵とのパーティの感想はどうだったか? ちょっと売れ始めた女の子がいたと思うがすでに女王様のような振る舞いだった。名前も完全に忘れてしまった。ピンク色の車で登場したと思う。意図的に遅れてね。

で、その芸能人の卵とのパーティの感想はどうだったか?

全くの孤立状態だった。(笑) 第一価値観が合わないというかアーティストの世界というか、やれアピールだの発声だの、話の内容も世界も全く理解できない。ただホステスやスナックに勤めながらチャンスを狙ってがんばっていることだけだった。 確かに女の子はかわいいし男の子は個性的なイケメンばかりだ。

まず一般人とは全くの別人種のように感じた。何というか話が100%かみ合わないと言うか、独特の人間達のような気がした。 (相手からすればお前が独特の人間だろ?とも言えるが....)

ごく普通の話ができないので本当に苦痛の空間だった。ただ、こんな人達が芸能界を目指すんだろうなとよくわかった。宇宙人の集まりのようだったというのが正直な感想だ。メルヘンのお花畑で夢だけ見ていて話が通じない感じに近いと思う。

まるで応援団の集団が興味のない生け花の講義を聞いているような感じだ。

もう一つはバイトで2階立てバスの車掌をやったことがあり、スキーや温泉に無料で行けて更にバイト代ももらえる特典がついていたアルバイトの時だった。この2階建てバスは外国製でトイレもついており、中にはシャンデリアもついておりとにかくデラックスなのである。 (今はあまり見かけなくなった...)

ウイスキーやブランデー全てのドリンクも飲めてカラオケやビデオも見ることができスチュワーデス(バスガイドとは呼ばない)も多い時で2人つく。町を走るとみんな注目する位のデラックスさだ。ここまで読んで「あーあそこのバスね!」と気がついた人もいるだろう。

運転手に聞くとアメリカの飛行機会社のボーイングが創っているそうだ。そこで仕事として珍しい仕事が入って来た。兵庫県のグリンピア三木で新人アイドル総出演のコンサートがあり、アイドルおたくを会場まで送り迎えするという仕事だった。(白血病で亡くなった本田美奈子さんだけ思い出せる。10人位出ていた。) 
詳しく名前は思い出せない、申し訳ない。

「どんなお客(おたく)が乗るんだろう?」と思っていた。乗って来たのはみんな真面目そうで一切一言さえもしゃべらない。(笑)みんな能面のような顔をしていた。
気のせいか全員色が白い....

ところが会場に着くやいなや「派手なはっぴ」に着替えて「●●命!」とか別人のように叫びまくっている。(全員が額から血管を出して絶叫していた。)
「何だよ、この究極の別人パワーは??」状態だった。

自分でアイドルのために創ったオリジナル応援グッズを多数次から次に取り出していた。
金や銀のキラキラしたのを全身に身にまとい、まさにおたく100%の本領発揮である。
ところであんなのを着て恥ずかしくないのだろうか?

見ているこっちの方が恥ずかしくなってくる。

と言うか...ここまで行くと悲しくなってくる...
親がこの場面を見たら泣き崩れるのではないだろうか?

そして戻ってくるやいなやまた元の能面状態で一言もしゃべらない。
マイクで注意事項や冗談を言っても一切反応しない。60人以上も乗車していて全員一切無言だから途中から本当にこの連中が本当に不気味に思えて来た。

普通だったら「どこから来ました?、誰のファン?」とか軽く会話を交わしてもいいだろう?この人達は最後まで完全な二面性を持っていた。
「この人達は感情がないのかな?」とも思っていた。

最後、下車する時に私の丁寧な「お疲れ様でした!」の言葉にたったの1人も全く反応しなかったので驚きさえ感じた。全員が他人を完全無視状態継続って普通はないだろ?ここまで自分以外興味ない状態を徹底されるとむしろ逆に感心さえする。

一体、あの彼らのエネルギーは何だったのか?
なぜ、あれほど別人になれたのか?
これが全てとは言わないが特殊な人達だったと思い出す。 アイドルを見た瞬間に爆発的スイッチが入り、普段は感情のない人形のようだった。

以上、全くコミュニケーションの取れない2例である。ただし、これが全ての像とは言わない。別世界の人達だったことは間違いないと思う。

読売テレビで鳥人間コンテストを担当しているT君が言っていた。

「カメラ目線が最もうまいアイドルは誰だと思う?」とT君が言っていた。
「間違いなく松田聖子だよ...」と


思い出して書いてみた。
 

余談になるが観光バスの事故とかがあるのはシーズン中は非常に忙しく、人が足りないので長距離トラックの運転手も同時にやっていた人もいた。最も恐いのは眠たくなることだ。車掌が注意しなければいけないのはカーブを曲がる時に原付バイクが急に入り込んで来る。これに注意しないといけない。

観光バスがでかいので細かく動く原付バイクが運転手のバックミラーで見えない時がある。それが最も注意すべきことだ。のぞき込んで知らせないといけない。私も眠気に耐えられず寝たことがある。

その時何が飛んで来たか?運転手さんにタイヤを叩くでかいハンマーで足の膝を叩かれてびっくりして飛び起きた。そして休憩地点で運転手と食事をする時に運転手にビールをついであげるというしきたりを知らずに丸い円柱のハシ箱ごと至近距離から投げつけられたことがある。(笑)

今、思うといい経験だったと思う。観光バスの運転手の運転技術は目を見張る位うまかった。一度バスの後ろから煙が出て爆発するのではないか?と驚いたこともあったな。

「飛行機会社が創る外国製の豪華大型2階立てバス」というだけで何か起こるのではないか?と不安な気持ちで乗車していたことも思い出す。
しかしいい経験をさせてもらった。状況判断能力の大切さを勉強させてもらった。

一番緊張したのはものすごく大きい交差点でUターンする時に笛を吹きながらバックさせて4方向からの車を交通整理したことだったな。必死だったな。

バスがでかいだけにものすごく緊張した。 おまけに2階立ての外国製豪華バスの交差点中央でのUターンだ。歩行者も注目するからものすごい視線を感じた。
もちろん交差点で停止している車の中のドライバーも全員注目している。
ものすごく緊張したことを覚えている。

スキーの雪山でスリップして進まない時もあったな。すかさず飛び降りてタイヤに鎖を巻きつける。誰よりも早くやってやろうと意地になってたな。「お客さんの次の心理、運転手やスチュワーデスの次の心理を先に読む、そして先に行動する」
その大切さを教えてもらった。

女子高校の合宿も運んだことがあったが、とんでもない集団だったな。
「女子だけだとこんなにひどいのか?」と思ったね。

最初はカラオケのリクエストがどんどん出て曲の頭出しができなくて「はよせーや!」とクレームが来て苦しかったな。

そんな時運転手さんが自分でマイクを取って「ただ今、カラオケセットが故障中のためカラオケが出来ません。本当に申し訳ありません」と言ってくれてそのやさしさに感動したな。(本当はできるのだが...)
自分の不器用さに自信をなくしたが....

バイトでもなんでもそうだが本気で考えて実行する人間と適当に流している人間の差は大きいと思う。面白かったな。勉強させてもらった。

でも本気になったのは実は事件を起こしたからだよ。山城温泉だったかな。
パーキングでお客さん降ろしてバック誘導してて観光バスをコンクリートの壁にもろにぶつけたのよ。(笑)

駐車スペースを超えて後ろのコンクリートの壁にバスをぶつけたのよ。

この時は運転手との相性も良くなかった。わかるよね?、合わない人と何時間も横に座ってたらきついよね。

この運転手の運転が荒く、スピード上げてバックしたから、パニックになって両手でバスを止めようとしたよ。人間、パニックになるととんでもない行動をする。
笛で誘導したんだけど私も未熟だったよ。

だってパニックになって巨大なバスを手で押さえて踏ん張っても無理だろ?
そこに集中したから肝心の知らせるための警告の笛が吹けない。
今ならわかるが100%パニックになってできなかったね。

その時こけていたら大型バスに踏まれたかも知れない。
駐車場でバスに踏まれて死んだなんて浮かばれないだろ?

バスを誘導するはずの車掌がバスに引かれたなんてしゃれにもならんだろ??

お客さん降ろした後だったから良かったけどね、血の気引いたよ。
「この時の気持ちわかるよね?」、ぶつけた後にこっぴどく怒られたよ。でかい観光バスをパーキングで壁にぶつけて見ろよ!焦るよ。

「とんでもないことをやってしまった....」と茫然としたよ。

ここから「2度とこんなことを起こしてはならない」と常に神経を研ぎ澄まして予測されるトラブルを事前に必死で考えるようになったね。

人間、本当に反省しないと変わらない。 この事件を起こしてからだ。予想されるトラブルは全て解決できるようになったよ。

「失敗を発見とみなせ!」と教えられたことがある。
「そうすれば人生は成功と発見しかないんだよ。」とね...

本当にいい経験をさせて頂いた。感謝したい。
しかし、「あの時、お客さんが乗っていたらどうなっていただろう?」と考えると「ぞっ!」とする。

医歯学部受験予備校指導記録93

<1月9日(水)> 最後の2つの関門 と「寝言」

体調を崩す生徒が目立つ。「頭痛と吐き気」が最も多い。1日、1日必死のペースで追い込ん
でいるのだから無理もない。「気をつけろ!」と言っても聞かない。効果がないことは最初からわかっているが。ただの1日も休んでいないから完全なオーバーヒートだ。

よく父兄は、「大丈夫ですよ。頑丈に出来てますから」なんて言うのだが、こちらは多数の生徒の失敗例のデータベースが入っている。

勉強してない人間が急激なヒートアップで「精神で引っ張っているが、体がついて来ていない」ケースだ。当然、こちらも不安になるし緊張する。 受験終了後、入院する場合だってある。

この時期、アクシデントとして保護者は2つ心の準備をしておいた方がいい。


(1)試験直前に全くやる気がなくなること。

そんなに人間強くない。2~3ヶ月も必死で追いこんだら「緊張の糸」が本当にプッツリ切れる。
モチベーションのエネルギーが「ゼロ」というか「枯渇する」という方が近い。「虚無状態」と言える。「この状況からどれだけ早く復活させる」かがキーポイントである。

なんと言うか、「感情のなくなった石」のようになる場合がある。
一時的燃え尽き症候群とも言うべきか?

 
(2)眠れなくなる

司法試験の受験生もそうらしいが、あまりにプレッシャーを抱え過ぎて、神経過敏になって眠れなくなる。眠れないからだんだん体力が落ちていく。デリケートで神経質な生徒に多い。朝、足がつったりするケースもある。「ものごとを悪い方に悪い方に考える」特徴からこのようになるケースが多い。難しいが「割り切らせる」ことが必要だろうと思う。


(3)家族に当たり散らす、兄弟に暴力をふるう。 急に泣き出す。

この場合は大したことがない場合と手がつけられない場合と極端に異なる。家族は家族だからこそ、そこまで自分の本音を出せるんだと思った方がいい。しかし、こういうケースは第3者と極めて冷静に話しができる時間を持つことが大切だと思う。「家にいると自分の感情だけ」になっているだろうし、思うように進まない、集中できないストレスが「怒り」につながっている場合が多い。 自分への「怒り」なのだがベクトルは別の方向になる。

家族が気を使って「腫れもの」に触るように家が「お通夜状態」にもかかわらず、「何でみんな黙るんや!!!」とキレる所もあるから、「一体、どうせーちゅうんや???」となる。このケースの方が家族は疲れるだろうと思う。

家から受験生が出て行くと家族は「ほっ!」とする。
気を使う兄弟も大変だ。 よくニュースになりますよね。隣のピアノの音がうるさいと言ってバット持って乗り込んで行くケースもそうですよね。

暗い話題になりそうだから明るくしないといけない。しかし、事前に知っておけばショックやパニックは少ないはずだ。だからあえて書かないといけないと思う。

言葉に気をつけるわかり易いケースを出したい。(笑ってはいけないが笑うと思う)


<何かの書類を制作してお父さんとお母さんが相談しながら創っている状況>

役所に提出する書類を相談しながら晩ごはんの後にお茶を飲みながら創っている。

父親:「●平はさ、扶養家族なんだから....ここの覧に書かないと...」

母親:「そうね、扶養の欄ね....」

浪人生の●平君:「(ドアが潰れる位に「バーン!」と大きな音を立ててまさに仁王立ち状態)
「何やと?.....俺は不要なんか~!!!!、俺は要らん家族なんか~?、ようもそこまで言うてくれたな、いい加減にしろや~」

:「違う、違う、扶養とは「養う」っていう意味や、その「不要」とは意味が違うんや...」

相手が神経質になるとこういうことが起こる。聞いてないようで聞いているからこの時期は気をつけた方がいい。こんなことが起こる。(笑)

現に受験生の父兄はこの時期ひどい場合は「軽い錯乱状態」になる場合もある。でも周囲が焦っても効果はないと言える。(1)の場合は「早く、早くとにかく復活してよ~」と祈るようになる。これが最後の関門となるが、試験が終わると全てきれいに治るケースが多い。

試験終了後、小旅行でもプレゼントしてやった方がいいだろう。

「軽い鬱」から「重い鬱」だってある。時間が限られているのとハードルが高いのとで自信をなくす場合がある。

下宿生の場合は「実家でリフレッシュしてこいよ!」と返す場合もあるがすぐ帰って来る。
家にいたらいたらで何の情報も刺激もないからまた不安になる。最初の2日くらいはいいが、「ライバルはもっとやってるだろうな~こんなことじゃ、いかん!」
「ここにいたら永遠に受からん」とか言って自宅と寮をいったり来たりする場合だ。

つまり、どこにいても落ち着かない。

10月位に全くやる気がなくなったり、本当の直前にやる気がなくなったりする。
無理に強制的にやらせても全く意味のない時期が何回か来ると思う。
全くの「虚無状態」と言った方が近いかも知れない。経験者ならわかるだろう。

でも受験が受験だから合格して将来免許が取れないと意味がない。
わずか9~10ヶ月の辛抱だ。

ただ、すぐに合格する生徒もいれば長引く場合だってある。
1人で数校合格する場合もあれば総崩れもありうる。
あきらめる場合だって当然ある。

合格か不合格しかない世界だから仕方がないと言えばそうなのだが「面倒見る方も大変なんですよ」と理解して欲しい「甘え」もある。

また、本当に真剣に勉強すると受験生が寝言をよく言うのに保護者は気がついていると思う。 精神的ストレスから来るものだろう。

「ああ~もうダメだ~数3が~」と生徒が寝言を言って両親が喜んでいたケースがあった。
「あの、あの勉強せん奴が勉強で寝言を言うようになった!!....」と.....
親父はうれしくなって寝言を聞きながら深夜にビールを飲み始めたそうだ。 (笑)

これはお祝いの寝言かも知れない。

この時期に急にやる気がなくなって虚無状態になる。 あるいは眠れなくなる。

廻りは早く早く回復せよと焦る......でも言ったところで回復するものでもない。
心に重いブレーキかかっているから 、無理やり回復させても意味があるかどうか?
かえって悪化する場合もあるから難しい。


でも時間は容赦なく過ぎていく

今の生徒は本当に年々精神的にもろくなっているような気もする。
「アメとムチの使い分け」と「やる気にさせる能力」、これが武器と言える。

これを超えると「運命の闘い」かも知れない。最後の関門がこの急激に予想外に「虚無状態になること」、そして「眠れなくなること」かも知れない。

「平常心を持て!」、と言っても反抗させるだけかも知れない....
しかし、黙って静観していても「何も言ってくれなかった」と恨まれるかも知れない。

ここの取り扱いが直前は本当に難しい。

暗い話はこれ位にして次は笑いを取りたい。

<続く>

コンプレックス(わが懺悔録PART2)

よく、「コンプレックスを逆のパワーの源にしなさい」という激励があるが、なかなか1度しみついたコンプレックスをはねのけることは難しい。

よく一流高校の生徒を見るとコンプレックスを感じるという意見を聞くが、一流校や進学高校にも必ず落ちこぼれはいて、彼らから見ると逆に「すぐに優等生のフィルターかけられて見られて迷惑このうえない!」というのが本音だと思う。

私もコンプレックスがあった。私自身は、実は野球部に入りたかったのだが、近所の不良全員が柔道部だったので仕方なしに柔道部に引きずりこまれたからである。そして高校までもがその近所の先輩達が仕切っていたのでこれまたエスカレーター式に柔道部だった。

言ってみれば「ヤクザの組から抜け出ることのできない組員」のようなものだった。
 
大体、入部自体が自分の意志とは関係なく「脅迫入部」だからである。

「お前、柔道部以外に入ったらどうなるかわかってるな?(笑)」だけだから
だから野球部のメンバーと野球の練習とメンバーがかっこよく見えて仕方がなかった。

女子生徒のあこがれの的も大体、野球かサッカーかバスケかテニスだろう。
あるいは少なくとも球技だろう。柔道なんて聞いたこともないぞ?
学園ドラマの恋愛シーンで柔道は一度も出てきたことないぞ。
(悪役なら見たことはあるが.... )

他の高校との対抗戦だってほとんど女子はチアリーダー付きで野球に行く。華やかなこと、うらやましいこと。それに対してこちらはリーゼントにそり込みを入れてまゆげまで剃った喧嘩好きな応援団の団体しか来ない。 大体、そんな連中が陣取っている恐ろしい会場に一般の善良な生徒も見にこないし、来るわけがない。

今の時代からは想像もできないかも知れないが、対抗試合は各校の応援団同士の一触即発の抗争が起こることもよくあった。不思議と柔道部と応援団は同じ血が流れているように仲が良かった。九州地区だけかも知れないが...

応援団の黒い学ランの集団見ただけで驚いて逃げた一般の生徒もいたぞ。(笑)

「キャー!」とか言う女子生徒の黄色い声援なんて聞いたこともない。野球部だったら「素敵~とかカッコいい!!」とか聞こえるだろう。

それに対してこっちは「やれ~、やっちまえ、ぶっ殺せ~」(笑)しかない。
女子の応援は選手の妹か選手の母親だけだったぞ! マネージャーさえいない。
元々男臭くて誰もやりたがらない。
1度はギャルの黄色い声援位経験したかったものだ。
(このコンプレックスが71で書いたランナーズハイの「女性ボケ」につながることになる。)

また、私もそうなのだが柔道をやると畳と耳がこすられて耳に内出血が起こり、これまた病院ででっかい注射器で血を抜かないといけないのだ。耳が紫色になり、中の血を抜かないと痛くて眠れないのだ。そうすると耳が潰れて、耳の穴がなくなる。コチコチになってしまう。何が悲しいか?以下に書こう。

  1. ウオークマンのイヤホーンが入らない。落ちてくるから音楽を聴く時、落ちないように手で押さえないといけない。これが悲しかった.....
     
  2. 耳がコチコチに固まっているので曲がらない。美容室に行くと、「それではお湯流しますね~」とお湯をかける時に両耳を曲げようとするだろ?これが曲がらないのだ(笑)、「キャー!」とか言われて傷ついたことがあった。
    (「なんだ??俺はエイリアンかゾンビか???」と精神的に傷ついた。)
     
  3. 抑え込みから逃れるために「ブリッジ」を訓練する。したがって「首」を強化練習させられる。そうすると「首」が太くなっていくのでワイシャツの首のボタンがとまらない。
    サイズを大きくすると、今度は袖が長い。シャツのサイズが合わなくなる。(笑)
     
  4. 「柔道=がに股」、人間を背負う練習を繰り返すので身長の伸びが止められているような気がしていた。畳と擦れて、「足の毛」がどんどんなくなって行くのは良いかも


学校の権力的にはそんなに差はないのだが、「華やかさやかっこ良さ」では絶対に勝てない。常に報われない腹立たしさがあった。そして、ある事件があった。
クラブの予算編成の「キャプテン会議」だった。
 

<再現>

委員長:野球部の予算が●●万円、テニス部が○○万円そして柔道部が●千円.....です。

:野球部なんでこんな予算いるの?(コンプレックスが変じて対抗心になっているところが
情けない。ささやかな抵抗というか反抗というか...)

委員長:キャッチャーの足につける防具やグローブ、スパイク等もろもろです。

:取り過ぎちがうの?(喧嘩を売っている時点でものすごく悲しい......)

そこで、次のひと言で傷つくが認めざるをえない。

野球部キャプテン:あのね、野球部はね、柔道部とちがってね、色々いるの!柔道部は裸足でしょ! 帯位しかいらんでしょ? 何がいるの? ?
道着の下は裸だし、タオルしかいらんでしょ?

:わかったよ。(人を「原子人や霊長類」のように言いやがって!→逆恨みしている時点でコンプレックスが見える所も悲しい。屈辱である、反論できない。)

更にコンプレックスに輪をかけるのが「体育祭のクラブ対抗リレー」である。各クラブがそれぞれのユニフォームを着て走る。そんなもん野球やサッカーが速いに決まってるだろ? 最初からわかってるだろ。
 
スパイクだって走る時にふんばり効くし、こっちは裸足だぞ!ふんばり効かないし、スパイクで足でも踏まれたらどうすんだよ? 金属ついてるだろ! 金属が.......
 
第一に剣道部なんて「袴」だし、走りにくいに決まってるだろ?なんで防具の胴までつけて走らなきゃならないんだ? 理不尽極まりない野球部のためのリレーである。

しかし、相撲部よりはかっこ良かったと思う。大体、相撲部がなんで走らんといかんの? あいつら走る練習もしてないし、第一に走る必要ないぞ!
そもそも競争なんかさせて意味あるのか?
(次男の兄貴が相撲部だった。兄弟で驚くほど意見が一致していた所も更に情けない)

大体、一位陸上部、2位、野球かサッカーだが不思議と柔道部が天才的な柔道部員が3位に入ったりする。そうするとテニスとか卓球部やバスケその他は実は柔道部が怖くて追い抜けたくても追い抜けないのだ。(笑)

1位と2位グループと3位の差は大きく、柔道部が権力で3位になったりする。そしてもし、カーブで柔道部を追い抜こうとするとカーブの所で体当たりで観客席のテント方向へぶっ飛ばされてしまう。(笑) それを知っているから追い抜きたくても追い抜けないのだ。
 
とにかく「できレース」のような対抗リレーだった。

大体、格闘技系ははっきり言えば「わき役」出し、みんな遅いだろ?
(この上記の文章にもコンプレックスの匂いが多いに出ている)
単に珍しいだけだろ。柔道部や相撲部が走り専門の野球部を追い抜いたりしたら逆にまずいだろ?

そこでコンプレックスが変な方向に向かい、当時の「卓球部」や「ブラスバンド部に入部している男子部員」や「コーラス部の男子部員」をバカにしたり、下に見ていた。

燃えているものなら何でもいいはずだと今ならわかる。また、「こんなクラブ、男のやるもんちゃうぞ~」とか自分の価値観を強制的に押し付けていた。
また、文化クラブの男子部員もバカにしていた。同窓会に出て改めて謝ろうと思う。

いかにコンプレックスから最低の人間に染まっていたかがよくわかる。
コンプレックスをぬぐうためには、別の分野でもいいから自分の納得する何かを成し遂げる必要があるのではないだろうか? なかなか取り除くことは難しい。
相手が自分そのものだから自分が納得しなければぬぐえない。

いい例として政治家がアメリカの大学の学位をお金で買う例だ。
これもいつまでもコンプレックスを取り除けない証明でもあるだろう。

また、このような世界も「人間が人を見る時にフィルターをかけて見る」という傾向があることに起因していると思う。

最もいい例がある。それは黒人の先生が日本の小学校に教えに来た時に小学生全員に囲まれて困ってしまったという事件があった。

それは生徒全員に「あること」を頼まれたことからだそうだ。

それは、「先生、ダンクシュート見せて!(笑)」だそうだ。

先生、曰く「黒人なら全員がダンクシュートできると思っているんですよ」
「とてつもないジャンプ力をみんな持ってると思っているんですよ」

「先生はできないよと言っても信じてもらえないんですよ。」
まさに「フィルター」のいい例だと思う。

憧れの先輩からの贈り物

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高校時代の先輩に天才的先輩がいて、その先輩は長崎県の軽量級のチャンピオンに1本で勝っていた。その試合を見てからずっと憧れていた。この先輩がいたか
らこそクラブで6年も続けられていたのだと思う。

この時代、漫画から映画化された「BE-BOP-HIGHSCHOOL:ビーバップハイスクール(きうちかずひろ)」が人気があり、よく読んでいた。この漫画が福岡県の「○○工業高校」がモデルとなっていて長崎県のいなかまで噂が流れて来る「とんでもない高校」だった。
「泣く子も黙る〇〇工業」と言われていたと思う。

名前が出るたびに緊張する位の信じられない高校なのである。 
聞けば全身にアドレナリンが出る位の緊張なのである。
それほど有名だったからこそ映画シリーズ化されたのだと思う。

(意味がわからない人はYou tubeでアニメ版、実写映画版等を見たらわかると思う)


<当時の噂をいくつか再現>
この「○○工業」の連中に

  1. ゲームセンターでゲーム中に後ろからいきなりビール瓶で殴られた奴がいる。
     
  2. 口に何個か小石を入れられ、1人から頭を押さえつけられ残りの2人から左右同時に
    「石を入れられて膨らんだほっぺ」を左右方向からとんがった皮靴で何度も蹴られた奴
    がいる。 (ゲームセンターから拉致された後らしいと聞いていた。)
     
  3. ヘッドロックされ、カッターナイフで歯茎を切り裂かれた奴がいる。
    福岡に遊びに行く時は「○○工業対策」を必死で真剣に仲間と議論していた。(笑)
    (言っておくが、受験対策ではない。)


だから九州の都会である福岡に遊びに行く時は、いつこの「○○工業高校」の連中に襲撃されるかも知れないと勝手に緊張していた。(笑)今、この高校どうなっているのだろうか?繁華町である福岡の天神や中洲のゲームセンターに行く時は常に「緊急臨戦体制状態」で異常に緊張していた。福岡ではヌンチャクを上着に忍ばせていた。
(今だに手作りも含めて当時のヌンチャクが倉庫に13個も残っている。(笑))

学校の廊下を750CCのバイクや自動車が走っているなんて聞いたことないだろ?
映画化される高校なんて普通ないだろ?全く全然、レベルが違う。
ここは窓がないからね...(笑)

その九州一悪名高き「○○工業高校の応援団」だけがはいている「シルクで仕立てられたボンタンズボン=映画や漫画に出て来る仲間トオルと加藤ヒロシと同じズボン」をこの憧れの先輩にもらった時は感動した。先輩が卒業する前にくれた。
「これ、お前にやるよ!」と言われた時は震える位感動した。

これをはいて学校に行く時は「ほとんど高校生スター気取り」だ。このシルクの足ざわりがなんとも言えない。「サラサラ感」が最高だ。誰も持っていない伝統のズボンだ。
まして漫画や映画の中ではなく、自分が現実に身にまとっているのだからたまらない。
まさにコミック漫画の主人公になったような気分だった。

高校生当時の写真を見ると本当に呆れる。
当時の学校カバンの手で持つ所を「銀色の太い鎖」で肩にかけるように改造されており、黒いカバンの表には金色のシールで「押忍」、裏側は黄色のシールで「南無阿弥陀仏」だった。(笑)なぜ、銀色の太い鎖をつけたのか未だに思い出せない。

今、見ると「品のない高校生ヤクザ」そのものである。
もし、あなたが見たら天然記念物クラスのバカに見えるだろう。
「男とは...?」という美学や哲学に酔いしれていたバカそのものだ。

今、見るとなんとも悲しいというか(はかないと言うべきか?)情けない姿である。
両腕を組んで斜めに構えたり、シルクのズボンをエリマキトカゲのようにポケットに手を突っ込んで拡げたり、悲しくなる位相当の「低レベル」の写真である。

誰にも「何も先のことなど考えていない時代」があるのかも知れない。
この写真を見ると頭のネジが3本位足りていないようだ。

当時は香港に行って映画のアクションスターになろうかとか思っていた。
ボクシング映画「ロッキー」やジャッキーチェンの「酔拳」のトレーニングシーンは全て「この訓練は本当に効果があるのか?」とか真剣に検証していた。(人間は目的意識を持つと勝手に動き出すものだ)

ただし、ロッキーのように朝起きてすぐに生卵を3個も飲んで走ることは気持ち悪くなりそうでやらなかったが........

とりわけブルース・リーには影響を受け、香港の自宅まで見に行って来た。
1997年にフォレスト出版が彼の世界的に有名な本の日本語翻訳本を出した時にまさか自分が協力する立場になるとは思ってもみなかった。
「運命」とは不思議なものだと思っていた。



香港は当時イギリス領土だったので「英語だけは必要だから真剣にやらないといけないな....」とか思っていた。 「まず、香港で成功してアジアを制覇する。それからハリウッド進出や...」と真剣に考えていた。本気で宇宙征服を考えていたからどうしようもない。

 

それを真剣に聞いてくれた母親も今考えるとすごいが......


実家の自分の部屋の何か所かにその決意をマジックで書いていた証拠もある。家の屋根瓦にも登って書いていた。今、見ると笑えるが..

真剣に野望というか妄想にふけっていたのだと思う。将来、アクション映画スターになるんだから「修羅場も多数くぐっておかないとな、インタビューされる時のためにな!」とか意図的に修羅場に自分から飛び込むようなことをしていたような気がする。

自分の定義上はそれこそがカッコイイのだと....
漫画の主人公でもやりたかったのかも知れない。

思春期の誇大妄想と言えばそれまでだが、金髪のブロンド美女を両側において足を組んでシャンパンでも飲んでいる自分を想像して酔いしれていた自分を思い出すと笑えて来る。 目指していたのはスタントマンを一切使わない本格派アクションだと定義づけていたと思う。

この時期の自分の知能はミトコンドリアクラスだったかも知れない。
ただ、何でもいいから願望を持っておくことは重要だと付け加えたいと思う。
 

PS:香港でジャッキーチェン経営の店に行き「日本から会いに来たんだが、ジャッキーはいるか?」と聞いたが、「彼はほとんどここには来ないよ」と店員に言われて失望した。
本気でコネでも作ろうと思っていた。

相手にされるわけがないのに「若さ」とは恐いものである。
ところで「妄想」とは「もうーそうするしかない!(笑)」と思うことらしい。


<参考情報:WikiPediaより抜粋>

ビー・バップ・ハイスクール』(BE-BOP-HIGHSCHOOL)は、きうちかずひろの漫画。
1983年から2003年まで」で「週刊ヤングマガジン」で連載されていた。未完の作品で、当初は無期限休載中となっていたが、後に、正式に連載打ち切りとなった。単行本全48巻。

映画のロケ地として頻繁に静岡県が使われるため、静岡県下の高校をモデルにしていると誤解されることも多いが、実際は作者きうちの地元である福岡県の高校をモデルとしている。

きうち自身が高校生だった1970年代後半には、福岡市東区周辺に所謂ヤンキーの多い学校が数多く存在しており、作中に「城東」「立花商業」などの校名が出ることから福岡市東区周辺を舞台にしたものと思われる(東区には当時から立花高等学校が実在、同区内は福岡城跡の東に位置するため城東地区とも呼ばれ、福岡工業大学附属城東高等学校なども実在する)。

医歯学部受験予備校指導記録94

<1月10日(木)> 公立校と塾 

以前の記事にも書いたと思うが、元リクルート出身の区立和田中学の藤原和博校長が進学塾SAPIXと提携して学校で「夜間塾」を実施する予定だったが、賛否両論でどうなるかわからない。理由は、「公教育の施設を使い、一部の生徒に有償で授業をするのは相当違和感がある」とか「塾の営業活動に丸ごと乗っかっていると都民に思われかねない」という理由と朝日新聞に掲載されていた。

リクルートという企業は、素晴しいDNAを持っており、元リクルート出身の企業家はものすごい勝率だと思う。つまり「ゼロ」から起業し、成功させる確率はリクルート出身者が圧倒的に強い。たぶん和田校長の企業家としての「自由な柔軟な考え」が摩擦を起こしているのではないかと思う。「教師が教えるのが当然で個人的には公共の建物に営利目的の塾が入ることに抵抗がある」とも記載してあった。少し、言い換えて見よう。

「難関に入るには公立では浪人するのが当然で、個人的には公共の建物に参加しているが、卒業してから営利目的の塾に最初からお世話になることになる」の方が正解ではないだろうか? 「競争原理ゼロ」の先生達に期待する方が無理だと思うが

「絶対にクビにならない」と言われる場所に長年慣れきった人達が急に変化できるだろうか? 多分一時的に変化したと言っても「本質」は絶対に変わらないと思う。
例えば、大阪なんて「公立離れの代表選手」のようなものだろう。

今、大阪でも予備校の先生を「傭兵部隊」として入れている私立高校だってたくさんあるだろう。うちに来ている先生でも何人か行っているから当然の時代ではないだろうか? 私立高校だって生き残りがかかっているから必死だと思う。手段を選ばない高校だってある。

ただ、高校と傭兵部隊のカリキュラムや教材の「すり合わせ」が問題であって、傭兵部隊を入れたはいいが、うまく廻らない高校だってあると思う。そこが最大の問題であってそこをどう解決するかの方が重要だと思う。お客さん側の立場に完全に立てば、公立中高校に行ったが、卒業後2~3浪してしまったら大変だろう。確かに今、簡単に入れる大学もあると思う。しかし難関大学を選択する場合は圧倒的に不利だと思う。

卒業後、経済的負担がかかっては意味がないような気もするが、絶対に交われない人間同士が「お互いの予想通りの展開」になっているだけのような気もする。
個人的には和田校長の意見に大賛成なのでエールを送る。一度話を聞いたが、「素晴しく頭の切れる視野の広い方」だと心から尊敬している。

素晴しい魅力と言うかオーラを放っていた。リクルートが産んだ素晴しい教育業界のDNAだと思う。教育に熱心な父兄は機会があれば、ぜひ話を聞きに行った方がいいと思う。「人間の幅を拡げる教育」の見本のような人だと思う。

「人間再生工場」としての考え方

受験勉強そのものは、「今まで勉強らしきものをしたことのない生徒」、「やる気のない生徒」にとってはとてつもなく長く、きつい世界だと思う。

そういう生徒の親に限って、「親だけが危機感100%」という共通点ももれなくついて来る。(笑) そして親だけが心配し過ぎて、悩み過ぎて疲れている。

極論すれば、やる気のない状態にいくら圧力をかけても同じだと思う。「蓋をされたコップに水は入らないだろ?」と言える。次に圧力を受け入れる準備もできてない
のだから当然と言える。

また、医学部受験で医者になることを宿命として勉強している生徒が飛躍的に伸びないのも自分の中に「迷い」があるからと言える。この「迷い」が心の弱さや注意力低下やモチベーションにもつながるから当然と言えば当然だと思う。

逆に迷いがふっきれた時にはみなぎるパワーが充電され、背中から炎が見える位勉強するようになり、最も大切な「勢い」が加えられる。
結論として「心にスイッチが入り、その努力を持続させる精神的裏づけが強いかどうか?」で2~3年の差がつくように思う。

そうするとまず、勉強うんぬんより「損得」の部分を浸透させて下地を創った方がいいと思う。

  1. 「なぜ、勉強しなければいけないのか?」から始まり、
     
  2. メジャーリーガーの年棒、ボクシング世界チャンピオンのファイトマネー、プロ野球やJリーグ選手の現状とリスク、勤務医、開業医の現状、獣医や薬剤師の労働条件、公務員の給料、一般サラリーマンとの比較、他の資格業との違い、自営業のリスクとか資格業のメリット、デメリット、他の専門職との違いなどと比較させる。
     
  3. 勉強しなかった場合のリスク、リストラはなぜされる、どういう順番でどのような形で実施される、日本における中高年のリスクだとかも含めてね。比較させて見る。
    日本社会の中で勉強しなかった場合のリスク等も含めて....

色々、教えてやる。アメリカのようにできるだけ生々しい数字や金額を用いて話しをすれば、逆算してモチベーションも上がって来ると思う。「これが現状やったら、家ついだ方がよっぽどましやんけ!、転勤命令なんか行きたないわ!!」とか言って別人のように燃え始める場合だってある。

要するに勉強におもしろさなんて感じたことのない人間に更に日本で最も難しい学部の受験勉強を強制的にいきなり強いるというのがもともと無理があると思うんですよ。
 
だから、ドクターの子供でも辞めとけばいいのに、芸能界目指したり、ホストの世界で「夜の帝王」目指したりする場合ありますよね。そして、すぐ現実の壁にはじかれて路頭に迷ったりする場合もありますよね。
そして、「現状逃避だけでした......」と後で反省したりする。
 
成功する確率を考えたら普通そんな方向に行かないですよね。世間知らずなんですよね。 ホストの世界が体育会系の縦社会で先輩ホストに殴られたり、蹴られたりしてびっくりするわけですよ。また、お客の酒に付き合うから肝臓悪くするわけですよ。

また、気難しい上客に神経使って気使いまくってやっと「こんなに大変だったの?」
なんて分かり始めるわけですよ。

更に翌日、昼から自分の携帯使って「今日、店に来てくれるよね?」って営業電話かけまくらないといけない。深夜から朝まで繁華街に出てキャッチの声かけもやり続けないといけない。

でも本人はきらびやかなシャンデリアの下でギャルに囲まれて楽に稼げるとしか思ってなかったわけですよ。その部分だけに酔いしれて裏側を見ていない。
世間知らずだから常に甘い方向に考えてしまう。
「今さえ良ければいいんだ...」って思うんですよね。

そんなわけないでしょ? 常識として知っていたらこんな選択しないですよね。

逆に女子受験生で早くから「男に依存せずに自立するための手段としてどうすべきか?、どの仕事ならそれが可能なのか?」なんて早くから考えている女子だっているんですよね。本当に「えらいなー!」って思いますよ。

聞いて見ると「私、小学校5年から考えてました!」とかあるんですよね。
すごいですよね? なんという自我の目覚めの早さなんだよって驚きますよね。いるんですよ。けっこう女子受験生にいるんじゃないですかね?

結論として自分自身の損得勘定もわからないのに勉強に対して動くわけがないですよ...

最近よくあるのが、大学生の電話で
「奨学金満額もらって卒業できたんですけど就職できなくて奨学金返せないんですよ....どうしたらいいですかね?......」とかかかって来る。

もし、ここ見てたら「君、電話かける所間違えてないか??」と言いたい。「君、大学の就職課にかけろよ!それが普通だろ」と言いたい。

とにかく試験に入る前の「心の準備の指導とやる理由」を固めた方がずっといいと思うんですよね。でも教える側に相当の社会的・経済経営的知識も必要ですけどね。

ある日突然、急に危機感を感じた親が「お前、将来どうすんのや!」とか「就職すんのか進学すんのか決めろや!」って言われてもね。 その選択できる情報も入ってない人間に言われてもね。無理大きいですよ。

私の知っている限り、「人生の選択情報や絞り込み方や自分が何の仕事に適しているか?なんて考えさせるところ」なんて聞いたこともないですよ。こういう部分ほど大切だと思うんですけどね。上記に書いたホストに憧れる奴が出ても当然ですよね?

「心」がしっかりしてないと当たり前なんですけど絶対伸びないですよね。
いわゆる覚悟みたいなものですかね?

 

就職活動に疲れた大学生へ

ここは医歯系専門予備校のホームページであるが、不思議と全く関係のない大学生から問い合わせがあったりする。就職活動に何十社も失敗し、自分が社会不適合者の烙印を押されたようなつらさかも知れないし、自分探しの旅に出て「自分が見つからない焦り」からなのかも知れない。

あるいは誰でもいいから自分の話しを聞いて欲しいのかも知れない。できれば遠慮して欲しい。

その代わり、ある人が私に言った一言をプレゼントしたい。
きっと役に立つと思うよ。
 
「先生、大学生、今就職すんの大変な時代やろ?大体な、就職活動のシステムっちゅうのはな、日本の高度成長期にできたもんや。
でも、もう今そんな時代ちゃうやんか?むしろ停滞してあっぷあっぷしてる所の方が多いわな。 そうやろ? 今、JALでさえかじ取りできん時代やぜ。
 
また、とんでもない少子高齢化になると産業構造の維持すんの大変になるわな。
だって駄菓子屋にしろコンビニにしろ買う人間少ななったら潰れんの当然やん。
地方の駅前の商店街見てみ、わかい奴おれへんやろ?
シャッターしまっとる店年々増え取るやろ、そこに気づかんといかん。
 
今、大企業だって明日が見えん時代にな、それがおうてないんや。大体な、コンピュータがやれる仕事増えてきたらな、人間いらんのや。人件費安い外人おったらな、そっちにやらせんの、当然やんか?そんな仕事に殺到するから就職あぶれんのがようけ出るの当然やろ? それに気づいてないんや......」
 
「こういう時代だからこそ「ロートル」でないといかんのよ。効率は悪いけどこの人じゃないといかんという仕事につくのよ。パソコンに置き換えられるような付加価値がない人間やからさ、不安になるしな、いつホームレスになるかもわからんのよ。そうやろ?パソコンや機械が大量処理したら人間も同時に大量処理や、機械は電気代金しかかからんからな。第一今の企業にいらん人材抱えるそんな余裕ないわな.....何十年も人件費払えるかいな....」
 
「そうやろ?誰にも置き換えられん付加価値持たんことにはずっと不安に決まっとるやん? だって自分は明日から誰にでも置きかえられるような価値しかないんやからしゃーないやろ?景気悪なったらそんな奴捨てられてもしゃーないわ

誰でもできる、明日にでも機械に置き換えられる仕事に殺到しとるんやから当然ちゃう? そこにみんな殺到しとるから就職できへんの当然やろ?」

「その他もろもろの誰がやっても変われへん仕事狙うからそうなんのや...」と
「誰にも置き換えられへん仕事すりゃええんよ...そしたら不安ないわ...」と

それにしてもなかなかの説得力だと思う。参考にして欲しい。

 
<同時に持つべき考え>

「そうか、じゃー強力なライセンスを取って自分で自分を守ればいいんだな」とすぐ短絡的に考えると危険だと思う。「難しいライセンスほど時間やお金もかかるし、誰もが難しいとみなすから値打ちがある。簡単でチープであれば自分の人生に対して何の価値にもならない」
 
そうすると逆にリスクも産まれてくる。その間の資金援助はどうなのか?展望はいつ開けるのか?とか個人個人の家庭の状況だって異なるから...
自分はよくても家庭環境が許可しない場合だってあるしね。 
合格するまでサポートする方も大変だし...難しい試験であればあるほど廻りの心配も大きいし、消費はするけど自分は何も生産しない状態だから

大学生の再受験も「単なる思いつき」ではなく、じっくりとあらゆる方向から慎重すぎる位吟味してトライすべきだと思うし、そう助言したいと思う。

それでもやるなら止めはしないが...

医歯学部受験予備校指導記録95

<1月11日(金)> 願書作成の苦悩

受験生の現在の苦悩の1つに願書作成がある。同じことばっかり書いて「面倒くさいし、第一勉強に集中できんぞ!」と全国から聞こえてきそうだ。一番いいやり方を今さらアドバイスしても仕方ないが、まず願書原本をコピーしてまず下書きする。

(まさか、直接最初から消せないボールペンで書いて修正インクで修正したまま出している受験生はいないだろうと思う。もし、いたら「恐いもの知らず」だろう。)

そして、願書が出たら、まずできるだけ早く入手して願書作成だけをする時間を決めてしまう。例えば火曜日の午後3時から4時は「願書作成時間(ノルマは2大学作成)」とあらかじめ決めてしまい、「面倒くささ」を細かく分散して年内に「後は受験料を振り込むだけ!」の状態を創った方がいい。

年明けは「最後の調整」なので勉強のことだけ考えたい。だから、家族の協力は不可欠だ。「必着なのか?、消印有効なのか?」も調べた方がいい。受験は、「団体戦」といわれる理由はここにある。もうひとつは、父兄も「各大学の願書締め切り日」チェックしておくことが必要だと思う。

生徒は迫り来る受験のプレッシャーで「あれもやらねば、これも見ておかないと」となって年に1度のチャンスを逃がす可能性もある。今までにかなりの失敗例を見て来た。

だから、本人と父兄の「ダブルチェック」が必要だ。もし、期限を忘れて最終日の前日にでも気がついたら「窓口受付」が可能かどうか?最後の望みを託そう。また、医学部や歯学部の場合に全国の会場をものすごいスピードで移動しなければならない場合もある。

「たぶん行けばわかるだろう」は厳禁だ。常に最悪の場合を想定して念には念を入れよう。
道に迷い、全力疾走の汗だくで会場に飛び込むことほど愚かなことはないと思う。
第一精神衛生上良くないだろう。

また、東海大学のようにとてつもなく長く「志望動機」を書かせる場合もある。ほとんど小論文だ。何回か修正も必要だ。一番いいのは誰かに見てもらうこと。

2次の面接で「願書、調査書、面接採点表」を並べて見られている姿を想定しよう。どちらの生徒を合格させようか?と迷った時に「志望動機をきれいに書いている生徒」と「修正ペンと手垢でグチャグチャに志望動機を書いている生徒」のどちらを取るだろうか?やはり、「志望動機をわざわざ書かせるという理由は何なのか?」と考えるべきだろう。

社会に出ても履歴書もまともに書けない奴は絶対に就職できないだろう。そしてもう一つ絶対に忘れてはいけないのが提出する相手を考えろということだ。文系の大学の教授だってとてつもなくプライドが高い。医学部の教授なんか「プライドの高さは日本一クラスだろう。」そこに面倒くさいという理由で「グチャグチャの願書」を出すなんて普通考えられないだろう。

1000人以上受験するのだから、簡単な願書の方が手続き上楽なはずである。「何かに利用されるから書かせているのだ」と考えた方がいいだろう。「まだまだ願書は後回し」は自分そのものに甘いと言える。嫌なことは先に直面する、あるいは嫌な部分をあらかじめ「小分け」にしておく。そしてクールに実行する。直面するのを避けても「痛み」は必ずかためてやって来るのだから、わざわざ自分の焦りを直前に倍増させることもないだろう。

そしてもう一つのポイントとして連絡先の電話番号だ。わざわざ不在がちな自宅電話より、すぐにつながる携帯を書いておくことだ。当たり前のことだ。
電話で補欠合格かかって来て誰も出なかったら次の受験生に行くだろう。
自分が飛び越えられたことさえわからない。

いきなり3月末に電話がかかって来ることだってある。
網はかけておかないと魚は取れない。

たかが願書の一つではなく「運命が変わるかもしれない公式書類」と思うべきだろう。
また、「おい!願書どうなっとるんや?」と常に聞く人間が必要だ。どうしても後回しにする。

冷静に考えればわかると思う。
これも重要な知恵だと思う。

 
PS: 受験まじかになってネットで「願書作成代行屋」を探している人も多いそうだが、ひとつ
大切な点を忘れていないだろうか? 現役生や浪人生が「普通どれくらいのことを書くのか?」、「どのようなパターンが多いのか?」面接も同じで「どれ位のレベルの意見をしゃべるのか?」 全く知らない業者や人に書いてもらっていいのだろうか?
 
たしかに今は、大学生の卒業論文を代行してくれる所もある。しかし、上記のケースは、ある意味危険だろう。自分だけ「異分子扱い」される可能性だってあると思う。
なぜなら書類に一定の水準が存在するからですよね。

返送されて初めて気がつく愚か者

毎年、願書作成を早めにやれ、「一週間で願書作成に費やす時間を早くから取り、気がついたら完成している状態にせよ!」と言ってもぎりぎりに慌てて出す生徒がいる。そして写真のサイズが異なるのに、「面倒くさいな~」と思い、もともと余っていたサイズが小さな写真を貼ったりアルバムのスナップ写真を切り抜いて貼る「ふととき者」もいるらしい。

そして入試課から送り返されたり、電話がかかって来て初めて驚き反省する。仮に2次まで言っても願書に貼られた「サイズの異なる写真」を見ただけで落とされる、あるいは解答用紙さえ見てもらってない可能性は十分にあると思う。

大体、1000人から100人残すのであれば数百人のお客さんは早く切り落としたいと思うのが当然だろう。わかり易く言えば1000人超えても上位200人の戦いが現実の姿であり、残りの800~900人は最終的に落とされるのが現実だろう。

例えば、受験生の皆さんが300枚小論文の解答用紙を目の前に積み上げられて採点して下さいと言われたら、おそらくうんざりするだろう。どんどん切り落として可能性のある者だけまず残していくだろう。それと同じでふざけた願書は外されると思った方がいいだろう。受験料数万円がどうでもいいなら別に構わない。大体、願書と調査書を目の前に置いてそれを見ながら面接官は面接するだろう?

どう考えても重要書類だろう。逆の立場でどう思うか考えてやるべきだと思う。

<以下のような写真は受付できませんので撮り直してください>

  1. スナップ写真、不鮮明な写真、家庭用プリンターで印刷した写真は不可
  2. 目が隠れている。
  3. 前髪または影が目にかかっている。
  4. 目を閉じている。
  5. 眼鏡が反射している。カラーレンズで目が確認できない。

<北里大学入試要項P55より >

サングラス着用のものは不可とあるからそんな常識のない生徒もいたということだろう。入試以前の問題だろうと思う。


全ての提出書類は「自分の分身」だと思ってきっちりと出した方がいい。入試課から電話もらって再提出の指示をもらった生徒は「ここまで見られてるんだな~」と驚いたかも知れない。結局2度手間になるから言っているのに聞いていないのが現実だ。

送り返されてパニックになるから何度も言っているのに聞いていない場合がある。
「急いで書いて、急いで出したい」で済まない書類だと思うから言うのだが...

相手のことを考えて書き、そして丁寧に扱う。その前に自分自身の行動管理をきっちりしていたら当たり前に済むだけのことだと思う。

医歯学部受験予備校指導記録96

<1月12日(土)> 恐怖とストレス

昨日は、「願書作成」のポイントを書いたら、「もっと早く書いてくれよ、もう出したよ~」
なんて連絡が来た。こちらとすれば、「当たり前のことを当たり前に書いた」だけなのにその当たり前のことが全く抜けている場合が多々ある。だから、「聞くのが当たり前」と思っている先生に、「聞けない」とか「聞くのを忘れた」とか「待っていれば教えてもらえるものと思っていた」というこの業界特有のクレーム原因につながる。

例えば、大手の予備校の先生に「聞きたいけど聞きにくい」「聞くのが恥ずかしい」「もういいわ、帰る!」という「生徒との距離感を遠くしてしまっている」のは生徒からよく聞く  問題だ。この「距離感」で得する生徒と損する生徒の「差」は大きいと思う。

「聞きたいけど聞けない生徒」は損をするから、そこを指導者に見抜いてもらえるかどうか?そこでサービスレベルの満足度は異なる。なぜなら指導者が忙しくなればなるほど生徒が無視されてしまう可能性は十分にある。

また、昨日に続く細かいポイントだが、受験番号が早い方が周りに「きっちりした本気の受験生に囲まれる」、遅ければ遅いほど「記念受験生」や「最初の1教科だけで諦めて帰る受験生に囲まれやすい」 つまり、受験本番の環境が悪くなる。

周りが「真険そのもの」と「気がついたら10人以上昼までに帰っていた」では影響が異なるだろう。「自分ももう帰ろうかな?」とテンションが下がる場合も考えられる。

しかし、全く知らない人間から「もっと早く書けよ~」と言われてもな~(笑)、いかに受験というものが、「できれば誰かの責任にしたい」というドロドロしたものになるかは、全国の指導機関の指導者の方は理解すべきだ。

「誰かの責任にしないとやり切れない」からだと思う。だからクレーム等には冷静に耳を傾ける必要があると思う。

自分の名前が「恨みの代名詞」で常に自分の知らない場所で出されているのは誰でもいやだろう。お客さんは人生を賭けて戦っているのだから仕方がない。
例えば、女子生徒なんかは、ストレスで吹き出物が顔にいっぱい出て来る。受験のストレスで「まゆ毛」を指で抜き続け、「気がついたら両方のまゆ毛がなくなっていた」なんてのもある。

女子だからなくなったまゆ毛を書けば問題ないのだが、お母さんがびっくりして「あなた、まゆ毛抜くなら、鼻毛か、すね毛の方を抜きなさい!」と笑うに笑えないケースもある。

また、男子によくあるのはトイレでぶつぶつ何かつぶやいたり、急に笑ったり、大声を出す場合もある。正直、「危ないな~」と思う。

疲れて風呂で寝てしまって沈んでびっくりして飛び出る場合もある。最も恐いのは、「神経性の下痢」と「朝に足がつって動けない」とかだと思う。

受験会場で「先生、息子が車から降りれんのですわ!」なんてのもあった。
全く何が起こるかわからない。受験会場に行く途中でタクシーが事故を起こした場合もあったと思う。「首が痛い、痛い」といいながら合格したから大したものだ。

この辺になると、ほとんど「消防隊員」か「レスキュー隊」だ。
また、明らかに受験生と思われる生徒が(ボストンバックを持っているから地方の受験生だと思う)受験をせずに喫茶店でひとりで座っている場合もある。

たぶん気持ちが途中で折れたのだと思う。

心の中で「疲れたんだろうな~」とそこにやけに同情してしまう自分がいる。 

一生の恥~南海沿線にて~

受験生や高校生の方、誰もが経験していると思うのだが、寝ていて「びくっ!」となって起きる場合があるだろう。高校生の方なら前の席のやつが寝ていて、この「びくっ!」となって椅子を後ろの席の生徒にぶつけて笑われたりした人もいるだろう。

その時に多いのが夢の中で「木の根っこ」をつかんでいて、それが「ぶちっ!」と切れて崖かなんかに落ちていった夢を見ていたからなんて聞いたこともある。

「びくっ!」となって目が覚める、これが何十年も苦しめる結果になるとは夢にも思っていなかった。

たまに、その「びくっ!」となったに瞬間に立ちあがってしまって大恥をかいた(笑)なんてこともある。それは、何を隠そうこの私である。その時はSONYのWALK MANを耳につけて聞いていた。

当時はカセットテープのWALK MANだった。そこで聞きながら南海電車の中で寝ていた。そこで上記の「びくっ!」が今までで最大の反応動作で起こった。

立ち上がると同時にカセットとWALK MANが飛んで行き(もしかしたら立ち上がった瞬間に投げ捨てたのかも知れない?)、運悪く私の直前の電車のつり革にいたのがお嬢様で有名な帝塚山の女子大生数人だった。

立ち上がって、カセットを投げ捨てた瞬間、自分でも何が起こったのかわからなかった。車両内のお客が全員、笑いをこらえており、「ゆでだこ」のように赤面して笑いをこらえていた。数人の女子大生は全員、急速に反対側を向いて反対側のつり革に全員振り返って持ち替えた。あまりにも見事すぎる位に反対側のつり革に全員完全チェンジした。

全員、下を向いて肩を震わせていた。(笑いをこらえているがこらえ切れていない)強烈な屈辱の空間に変わったことだけはすぐに理解できた。
あまりにも強烈に創られた(原因は私だが)「この逃げるに逃げられない空間」が理解できるだろうか?

仕方なく座った。しかし両となりの乗客も笑いをこらえて肩を震わせているのだ。
その両サイドからの肩の揺れが伝わって来る感覚が更に今まで経験したことのない猛烈な焦りを引き起こす。

(今、爆笑している人へ)

あなたは理解できるだろうか? 自分を除いて車両内全員が笑いを必死でこらえている車両内にいることがどれだけの地獄かわかるだろうか?

もしかして立ち上がった瞬間に大声でも出したのだろうか?(寝ぼけていて記憶にない)
もし、そうならば俺は突然の変質者と変わらないのではないか?

気になるのは立ち上がった瞬間に飛んでいったカセットテープである。

恥ずかしくて取りにいけないのである。 究極の「笑い物」状態なのである。

数分して1人のおばあちゃんが持って来てくれた。まだ全員、笑いをこらえている。
笑いをこらえ過ぎて涙を流して、ハンカチでふいている女性もいる。
(全員「すすり笑い」でゆでだこのようになっており、額から笑いをこらえ過ぎて限界まで来ているのか汗を流している人までいる。)

最悪なのは耐えられないからか、自分の「もも」あたりをつねって我慢している人までいる。(笑)

この地獄状態を理解できるだろうか? カセットを拾っておばあちゃんが私に渡す時に一言言ってくれた。

「あんたも大変やな!(笑)」と....

その状態から自分が下車するまでの20分間がどれだけ長く感じたか理解できるだろうか? 更にホームを降りて反対側の女子大生達がここぞとばかりに声を出して笑いころげているのである。
(まさにやっと声を出して笑えるかのようにゲラゲラ笑っている。)
まるで耐えに耐えてやっと開放されたかのように......

こんなおもしろいシーン生きている間にめったに見れないぞと言わんばかりに...

更にホームを歩いている私に「あの人やで~」と背後から声が聞こえて来る。
(おそらく車両内の人が背後から指を指して話しているのだろう)

1秒でも早くその場から逃げ出したいために「走ろうか?」とも考えたが、更に惨めになりそうなのでやめた。

振り返ることもできない。もし、振り返ったら数十人に笑われそうな気がした。
今まで経験したこともないような視線を背後に感じる。

もし、インタビューする人がいて私に「どんな気持ちでしたか?」と聞けばたったの一言で済むだろう。

「死のうか」と思いましたよ。(笑)

医歯学部受験予備校指導記録97

<1月13日()> 「心」の詰め

いよいよカウントダウン体制に入って来た。私立医大など受ける人は、今から1ヶ月後にはもう終了していることになる。センター試験を受験される方は知識の回転につぐ回転だろう。
ひとつ言えることは、「自分に満足のいく戦い」をして欲しいということだ。

最後の受験校が終了した帰り道にでも「家族に電話した後に、うまいもんでも喰って帰れ、自分に褒美を与えろ。そして翌日に爆睡しろよ!」とよく言う。でも付け加える。「しかし、その時自分に納得してなかったらその時の褒美はまずいぞ、うまい食事をしたいやろ。そんなら自分を出し切れよ!」と言う。

ここから大切なことは、試験と試験の間のモチベーションを保つことだと思う。
医大入試を西へ東へ移動する受験生は、送られて来る通知と戦いながら前に進まなければならない。合格であれば、波に乗るだろう。もうひとつエンジンがついた位に馬力が出るだろう。問題は、ダメだった場合に「心の軌道修正」をどれだけできるかだろう。ここで落ち込むとどんどん落ち込む。

だから、ここから最も大切なことは、「心の軌道修正」以外にない。バッターがバッターボックスに入る前に不安や弱気になっていたら、当然打てないだろう。
「もう打てません」と弱気になっているバッターを「大丈夫だ、君ならやれる」と何回も打たせる能力だ。

ここからは、「コミュニケーションのうまさ」が問われる。
よく、腫れ物にさわるように「何も言わない家庭」が多いと思うが、お茶とお菓子でも買ってきて「つまらん話」でもした方がいい。しゃべらせる方がいいと思う。「黙る」と色々考えるから本番では、試験と試験の間に2~3日しかない場合とか1日しかない場合だってある。
その間にそれまで受験した大学の通知も当然やって来る。いい知らせなら言うことない。
しかし、そうでない場合だって多いにありうる。

できるだけ気持ちを上向きに持っていくように家族も協力すべきだ。
「勢い」を取り戻すことだ。どちらかと言うと「後がない浪人生」の方がアドバイスに気を使う。
現役は簡単だ。落ち込んでいても一喝するだけだ。

「お前な、落ち込んでいる暇あるか?お前よりはるかに苦労している浪人、全国に山ほどおるぞ!そんなんで落ち込んでいたら全国の多浪生からリンチもんやで」とこれで大体「しゃきー!」っとする。
だから現役は「迷いそのもの」がないのだからぎりぎりまで伸びる。

浪人生の場合は、「もうこれ以上わがままは言えない、親に迷惑をかけられない」とか色々と考えているから難しい。また、親戚等も色々口出しするから大変だ。
意外に医系の子供は、親戚の影響(親戚のことば、おせっかい、勝手なアドバイス)を気にしているものだ。できれば、親戚は遮断して欲しい。

親子だけであれば、話が進んでいたものが親戚が介入することによりひっくり返されることもよくある。とにかくここから最も大切なことは、「試験と試験の間の心の軌道修正」だ。
つまり、テンションを上げ続けるためにあらゆる手を打つことだ。

心が折れる=つまり「負け」を意味するから

コミュニケーション能力を一歩踏み込んで検証する

医歯学部受験生の小論文、面接対策の生徒の答案や面接の意見の中に「柔軟な患者目線に立てるコミュニケーション能力の高い医師・歯科医師を目指したいと思います。」というフレーズがよく出て来る。

わかり易い例から出して行こう。元々プライドの究めて高い受験生が医学部現役合格をするとする。そうすると更に天狗になり、手がつけられなくなる位の言葉の暴力を無意識に出すようになったりするケースがある。

純粋に必死で頑張っている自分より年上の多浪生に対して
「君、はっきり言って全然才能ないよ...今すぐ受験辞めた方がいいよ...」とか

注意されても「俺に対するねたみやな...天才とは敵が多いもんや....うざいぜ
とにかく周りがバカだらけに見えるぜ!」とか言うケースもある。

もし、自分の子供にそういうケースが見られたら保護者は合格を喜ぶのではなく、できるだけ早く「改心するための強烈な挫折」を与えた方がいい。 
合格を喜ぶのではなく、今すぐ「天狗の鼻」を折る準備をした方がいい。
 
このまま放置しておいたらどこかで患者の家族に「袋叩き」にされるまでわからないと思うからね。

受験というのは不思議なもので長期化した場合に「屈折した心の生徒」を産み出す場合もあれば、合格して天狗になり、「自分を特別な存在と勘違いを起こす冷血モンスター」も産み出す場合がある。
 
とにかく弱者に対する配慮が欠けてしまう。これは危険だと思う。
それも当然のごとく自然に出る。読者の中にも未熟な時期に他人や身内に投げかけた言葉を今だに引きずって反省している人もいるだろうと思う。でも反省するだけましだと思う。

先日も電車の線路に降りて電車を止めた東大生がいたが逮捕されて
「俺は東大生だ、文句あるか?」と叫んだそうだ。

早稲田大学学生のスーパーフリーというサークルが起こした集団レイプ事件などもそういうケースに当てはまるだろう。

かく言う私も未熟なチャラけた時代に薬の副作用で太ってしまった女の子に「おー○○ちゃん、えらい太ったな~、食べ過ぎちゃうのか?服がかわいそうやなー」とか言って「一生、あの言葉は忘れない」と言われてへこんだことがある。 
(「副作用とは知らなかった」という言い訳もできるがもう遅いよね?)

言うのも本当に恥ずかしいがこういう経験をしないと事の重大さに気がつかないと思う。(当然のことだが、やはり心が腐っていた時には自分が発する言葉も軽率で腐っていたと深く反省している。)

保護者面談を長くしていると教師、塾、予備校の先生、学生チューターに言われて傷ついたと聞かされるケースをたくさん聞かされる。ここを読んでいる他予備校の先生も登場している可能性は大きい。

とにかく今までの全先生のクレームや苦情を聞かされているわけだから当然、コミュニケーション能力の大切さは痛いほどわかる。悪気がなくても曲解されてクレームになる場合もあるのだからそれを長時間聞かされる方もたまらないよ。

でもこの経験によってたった1つの何気なく飛ばした言葉が長期間誰かの心を刺したままになるんだなということを経験させてもらった。また、自分もそうなる可能性は十分あるという認識も強くさせてもらった。

そういう人達は本人が気がついていない場合がほとんどだから今日もどこかで誰かを言葉で誰かを傷つけている可能性が高い。

予備校なんかにも「どう見てもこいつ常識ない先生やな~」と受験生に呆れられている人もいるよね? 自分の過激発言に酔いしれている救いようのない先生見たことないかな?

保護者面談でも「一生、あの先生を恨みます」なんて言葉が出て来たりする。ドクターも職業柄そうなるだろう。それだけ意識せずに言葉を発しているから相手がどれだけ言葉に傷ついているか?なんて考える余裕もない。
(..と言うかまずしゃべらないと商売にならないよね?...)

言葉というものは「相手のやる気の炎を出させる素晴らしい起爆剤」にもなれば無意識に「鋭利な刃物」となって相手を残忍に切り裂く場合だってあるよね。ひどい場合は心臓を突きさす槍にもなったりする。そうだよね? 、わかるよね?

例えば、「口から小さな鋭利なナイフを連続して多数飛ばしている自分を想像してごらん?」、イメージとしてそんな感じにも取れるよね?

それじゃー

(1)「一日中、誰ともしゃべらなかったらいいやん?」

と言うかも知れないがそんなわけにはいかないだろ? 無理だろ?? 
(引きこもりの生徒やネットゲーム中毒の若者が言う「リアル社会が恐い」と言うのはこのコミュニケーションが不器用で自分にとって恐怖なのだからこれがない所に逃げるという理由もここから来ているのかな?とも思う。
あるいは「面倒くさくてやらない」だろう。)
 
それじゃー

(2)「誰もが傷つかない、きれいな中性の差しさわりのない言葉だけ使えばいいやん?」

となるかも知れないが......
 
それじゃ、社会に出た時に「自分の意見を持たないやつだ」とか「個性のないやつだ」とか言われる可能性があるよね?? リストラされるかもしれないよね。
あるいは「全てに対して無関心なイエスマン」だと誤解される可能性だってあるよね?

会議なんかで発言しなかったら絶対に勤務評果だって下がるよね?
だって、しゃべらないんだから、キャラがないんだから。意識の低いやつだと低評価される。参加意識も低いとされる。(笑)

それじゃー

(3)「しゃべる前に添削する位のフィルターかけて十分吟味してしゃべったらいいやん?」

となるかも知れないが......
 
そんな時間かけてられないし、いったん出た言葉を巻き戻して口の中に入れ直すこともできないよね? ビデオの「巻き戻し」のようにできないからね。もう発射されたナイフは飛んだ後だから間に合わないしね。
また、この人は繊細だから「ここまでしか言えない」、「この人は図太いからここまで言って大丈夫」なんてわからないからね。
 
相手がどれ位強いかなんて外見からわかるわけがないよね?

ここまで来ると「コミュニケーション能力」って簡単に言うけど難しいよね?
だって、「しゃべらずに済む職業ってあるか??? 」
「研究ならまだしも臨床は無理だろ、問題だろ??」

こうやって深く考えると「どうすればいいんだろう?」って思うよね。

私は、Dカーネギーの「人を動かす」という本が人間関係のバイブルだと思うのだが
中でも「聞くが7割、話すが3割」は人間関係のコミュニケーションルールと
して素晴らしいと思う。

人の意見を聞かない人って終わっているからね。この配分を実践するだけでも変わると思うよ。印象だってきっと良くなるよ。

また世界ナンバーワンコーチのAR先生の言葉で「言葉のボクシングではいけない、言葉の合気道でなくてはいけない」という有名なフレーズが出て来る。

そしてその能力をつけるためにBut(しかし)とか言う逆接を一切使わずにコミュニケーションを取るべきだと説いている。

「よくわかります。そこで...」
「尊重します。そこで...」
「同感です。そこで...」の3つを多用せよということだ。

「コミュニケーションの達人は相手の意見に反論したり、打ち負かそうと考えたりしない。相手の抵抗の兆しを感知し、相手に自分を合わせ、思いどおりの方向に話を進めるだけの柔軟性と才覚を持っているのだ。」と言っている。

そして最後にAR先生の有名な言葉がある。

「自分の意見を変えようとしない人は淀んだ腐った水のようであり、心はハ虫類レベルの人間である...」と

コミュニケーション能力はさまざまな挫折を経験しながら一生をかけて磨き上げるものだろうと思う。

「勉強は死ぬまでやりなさい、明日棺桶に入る前日までやりなさい!」だな。 よく受験生のお母さんの悩みでこういうのがある。どこかの講演かなんかで聞いて来たのだろう。「子供を褒めて育てなさい」って言うけど....

「自分がそういう経験をしていないのにできるわけない、どうしたらいいかわからない?」

というケースだ。これは確かに大きな悩みだと思う。自分以外の第3者にその役をやらせた方がいい。確かに怒られるより、褒められた方が人間モチベーションが上がる。

ほとんどの家庭が子供をほめたケースと怒ったケースを比較したら怒ったケースの方が圧倒的に多いだろう。特にお母さんはね。

そういう時はこう考えたらいいだろう。お母さんが夕食を準備して出した時に

「いつも、いつも相変わらずまずい料理だな...」
「こんなの喰えるかよ、相変わらず下手だな...いらんわ、外で食べるわ」
「友達のお母さんの料理の方がうま過ぎ、これって失格料理じゃないの?」

と言われているのと一緒だよと。それに対して


<お父さんから>

「素晴らしい、お前の愛情がこもっていて最高にうまい!最高だぜ、ハニー!」
「お前のこの料理のおかげで俺は明日もがんばれるんだ、いつもありがとう」
「改めて...愛してるよ...」
(今、書いていて正直恥ずかしくなったが...)

<子供達全員から>

「ホテルの料理よりママの料理の方がうまい、おかわり!!」
「こんなうまい料理食べたことない、ママ料理本出したら?、絶対売れるよ!!」
「毎日、こんなおいしい物食べさせてくれてありがとう!!おいしくて涙出るわ」

とか言われた方が気持ちいいですよね? そうですよね??

ついでにお父さんにビールや子供にデザート出そうかな?と思いますよね?
これを忘れなければ大丈夫ですよ。

これができないんですよ、一年間言葉の攻撃が80%以上になってしまうんですよね。 自分の方向からしか見れなくなる。
そりゃ、言われた方はおもしろくないですよ。

感情を止められないんですよね...

コミュニケーション能力ってものすごく重要な能力ですよ。早く開発できたら言うことないですよ。いるでしょ?小さい時から本当は友達と遊びたいのに言い出せない、ずっと我慢して来た、自分を出さずに来た。

これは大人になっても引きずりますからね...
これは相当大きな問題になる可能性がありますよね。

1つのいい例が獣医を目指す受験生の本当の志望理由の中にこういうのがあるのを知ってます
か? それはね、「人間は扱いにくいし、文句言って来るし、うっとうしいんです。でも動物
は何も言わないでしょ?、人間が嫌いなんですよ」と言う本音だ。


まさに時代を反映していますね。対人コミュニケーションを避けたり、恐れさせてはダメです
よ。人と接しなくてもいくらでも刺激をスマホからもらえるじゃないですか?
幼少期のコミュニケーション能力の開発ってものすごく重要ですよ。

 

<~コミュニケーション能力の低下の例~>

問題

就職活動を終えて新卒大学生が研修に入ります。最初から怒鳴られます。
さて理由は何でしょう? 気づいた人には受験DVD進呈します。
ヒントは若者のコミュ能に関するものです。
でも、若者には全く責任はないのです。

 

 

<解答>

目上の人に対する尊敬語や丁寧語が全く使えないんですよ。特に
電話の対応ができないので最初から怒鳴られる。

 

「はい、●●でございます」

「いつもお世話になっています。●●は5時には戻る予定です。

 恐れいりますが、伝言をお願いできますでしょうか?」


「お忙しいところありがとうございます。失礼いたします。」

 

こういう会話が昔は自宅の固定電話に出る親の姿を見て自然にマナーが
染みついていた。また、答え方もある程度できた。今はメールやLINE
で「おかん、今日めしいらんわ。9時頃帰るわ、なんかあったらメール
して!」の時代だ。できるわけがないだろ?

 

だから、研修初日から上司に怒鳴り飛ばされる。でもこの若者に罪はない。
単に知らないだけだからだ。本当に怒鳴られる分損ですよね?
だから、
知らないうちになくなっていく能力ってあるんですよ。

 

こういう対応しかできずに世間に出すってまずいですよね?
保護者が教えるべきですよね?、最初から怒鳴り飛ばされますからね。

 


 


 


 

 

あなたならどうするか?(医歯学部受験生への質問)

それではコミュニケーションの難しさを勉強したと仮定して問題を出すよ。
答えは自分で考えてね。実際に直面すると思うよ。


<問題>

1人の少年の子供の患者が来院しました。診察をしていくうちにかなり歯が欠けていることに気がつきました。ほほも腫れています。診察をしていくうちに体のあちこちに多数の青いアザが見られます。内出血している紫色の部分も見られます。

親は風邪の症状で子供を連れて来ました。もろにガラの悪そうなそのスジのような方にも見えます。そして終わったら迎えに来るからと昼間からパチンコ屋に行きました。子供をたった1人で病院に置いたままでです.....
 
あなたは心の中で気づくでしょう。
「家庭で虐待されているのではないか?....と」

そしてアザや紫色の内出血の多さに
「これは間違いなく家庭で虐待されている!!」と確信します。

 
<ここであなたは自分の心の中で葛藤を始めます>

勇気を出して児童センターに虐待の報告をしたいが、自分がちくったことがばれて逆ギレされて乗り込んで来て、下手をすると自分の方が危険になります。
 
おそらく病院に来て大暴れするかも知れません。だって絶対にバレますから。
「畜生、あの朝行ったドクターが相談所にちくったんだな...」とね。

「あんの野郎、余計なことしやがって...」と思われるでしょう。
だって児童相談所からその親は絶対に問い詰められますからね。

おそらく腹を立てて絶対に来るでしょう。 名誉棄損で金品の請求をしてくる可能性も十分にあります。仲間をたくさん連れて来る可能性もあります。他の患者さんも恐がって帰るでしょう。

受付で大声を出して叫びまくることも考えられます。受付の女の子はパニックになってあまりの恐怖に泣きだすかも知れません。
 
おそらく絶対にバレるでしょう。下手をすれば自分の家族もこれから被害に合うかも知れません。でも自分が言わなければこの子供の患者の虐待は続くでしょう。 あなたは正義感で行動しようとします。
 
でも、もしかするとあなたが余計なことをしたために家に帰って更にこの親から今までの数倍のめった打ちの虐待に合うかも知れません。

逆に感謝されるどころかこの少年から「先生、余計なことすんなよ!」と恨まれるかも知れませんよ。
 
そこであなたはどうしますか?

 
<解答>

  1. 病院の安全と混乱を避けるため、見て見ぬふりをする。
    自分と家族の保身を第1に考える。 申し訳ないがその場から逃げる。
     
  2. 勇気を出して児童相談所に報告する。腹をくくる。覚悟を決める。
     
  3. 解決策を一応は考えるが、無理ならば黙っておく。 忘れる努力をする。


さて、あなたはどれを選ぶでしょうか?

これは小児科のドクターや殴られて歯が不自然に欠けて、ほほが腫れている子供の患者を見て歯科医が気がつく実際のケースです。

一度考えて見てください。

保身に走りますか?、トラブル承知で腹をくくって戦いますか?

答えはあなたの心の中にあるでしょう。
逃げたとしても誰もあなたを責めないかも知れませんね?


それでは10分以内に答えを出してください。

<1月14日(月)> 社会的使命

大阪府の泉佐野市で「お産」の出産費用が話題になっている。市民は7万円、市外は22万円
だ。産科医は悲鳴を上げている。家が産科医の家の生徒なんかは、ほとんど「母子家庭」だ。
当直の回数なんかは「3倍に増えた」とか言っておられたが、「それでもまだ、ひどい所に比べればましですよ」と言っておられた。少子化なのにこの状況では、日本の「国力」は間違いなく将来、減退するだろう。救急病院も全国で235病院が看板おろしている。

大阪の一地域の
富田林(野球のPL学園がある所)では病院に搬送拒否されたのが去年だけで123件もある。
国の医療費削減で、はっきり言えば、「採算取れないし、訴えられてまでやる奴おらんし、すまんが家で死んでくれ」というようなものである。

以前の記事にも書いたと思うが、「損得勘定」からすれば同じ1点10円の診療報酬であれば、今の若者が困難な選択をするとは思いにくい。「僻地」だってできれば避けたいと受験生の時点でみんな考えている。ただ、受験の志望動機や面接では「きれいごと」を言う受験生は多いかもしれない。三重県だったか、「産科医」の報酬で「大リーガーなみの報酬」を準備したそうだが、その代わり相当な激務の条件で休みなどほとんどなかったと思う。

企業の中で最大の激務であるのは、全盛期の「佐川急便」だろう。親友が司法試験の勉強で数百万借金して、一気に返済するために佐川に行ったことがある。そいつは柔道のオリンピック強化選手だったが、まず琵琶湖の合宿でものすごい合宿をやり(うさぎ飛びをやったり、のどから血が出る位声を出さされたりすごいらしい。

最後は涙を流してみんなで抱き合う位厳しいらしい。)、当時は佐川急便はあまりにも激務であまりにも事故が多かったので、今は労働条件は改善されていると思うが当時の佐川はとにかくすごかったらしい。ドライバーもほとんどが何らかの理由で「借金返済」に迫られている人たちばかりだそうだ。

驚いたのは喫茶店で話をしていても話の途中で親友がすぐに寝てしまうのだ。話ながら寝てしまうのだから、見ていて気の毒だったほどである。
もう1度言うが、そいつは、オリンピック強化選手である。

体重が86キロあったのがひと月で70キロまで落ちていた。当時の佐川急便は、荷物を配送する時にも常に全力で走らなければならなかった。

記憶が定かではないが、制限時間内に処理していかなければ、どんどん荷物が増えていくようなシステムだったような気もする。だから駐車違反も当たり前だったと思う。

居酒屋ワタミの社長も創業の資金を創るために佐川で創ったと本に書いてある。本の中でも「信号と信号の変わる瞬間まで寝ていた」と書いてあった。本の中で「1ヶ月で辞めるかどうか根性を確認するために先輩からたくさんの荷物を投げつけられる。」これを親友に確認したら「俺もやられたよ」と言っていた。当時の佐川急便は、「借金を返済するための這い上がるパワー」を利用していた会社だったと聞いていた。

上記の例で言いたいことは、仕事が激務であればあるほど当然事故が起こる。
医療の場合は「命」にかかわる。

だから、事故を起こして訴えられるよりは受け入れない方が賢明かも知れない。
とにかく産科、小児科、救急はピンチである。開業をされている父兄でも救急は50代までが限界だろう。それで、もし親父が過労で死んでしまったら、えらいことになる。
第一残された家族がとんでもないパニックになる。

普通の人間でさえ、急死したら契約解除だとか、名義変更だとかしていたら完全に終了するまで1年半位かかるのだ。第一聞こうと思っても本人がいないのだから。
どこに何を契約していて、取引先がどこで、銀行にどれ位まだ借金があるのかとか全くわからない。

開業の方は、「信用できる身内で固めているケース」が多いが、重要な情報は

自分しか知らない場合が多い。その町で1件しかなかったら翌日の朝から来る予定の
「じいちゃん、ばあちゃん連中」だって集まる所が翌日からなくなる。
 

ましてや、自分しか知らない「機密情報」を持ったまま、「完全なる司令塔」が翌日から
いなくなったら恐ろしいことになるのは目に見えている。
 

まず、従業員の給料(看護士、看護婦)とか患者さんとか患者の家族を今後どうするのか?とか更に老健までやっていたらどうするのか?
大体、嫁さんも子供も何の情報も知らない場合が多い。

これは経営体として非常に危険だ。
親父こけたらどこも終わるが、「患者と従業員どうするんや?」ということだ。

お母さんが経理でもやっていたら支払い先位はわかる。長男も受験生だったらはっきり言えば何の役にも立たない。ただおろおろするだけだ。それ位恐ろしいパニックになる。

受験生によく言うことばがある。「親父にもしものことがあった場合をよく考えとけ!」と
「信じられない位のパニックになるぞ!」と
だから「早く助けたれ」と

その詞をとてつもないプレッシャーに感じる子もいるから、言っても受け入れられそうな強そうな奴だけに使用する限定の「言葉の武器」ではあるが

ただし、起こった時に「心の準備できてないからパニックになる」ことだけは事実だ。
現にうちの生徒の家庭でも1件起こっているのだから

「代わりがいないということはものすごくもろい」ということにつながる。

よく先生が急病になって受験指導ができなくなった。
あるいは急に後釜としてきた先生が前の先生と比較されて「大ひんしゅく」を買った。
ひどい場合は、「あの後釜のおかげで人生狂わされた」とか言われる。

代わりがいないということは「もろさ」につながる。

「薩摩藩の教え」

 

「薩摩藩の教え」というのがある。(今の九州の鹿児島や宮崎当たりかな?沖縄も含む?)
その教えの中に「男の価値の順番」と言うのがある。私もこんな教育を小さい時から自
然に受けて来たような気がする。
 
思い出しても祖母、母親、兄、クラブの先輩、顧問、コーチ、近所の先輩、友人、学校の
先生達など...
(ほぼ全員じゃないかよ????(笑)、昔の九州って独特だったもんな... )
でも、今は多分ないだろう?、思想も近代化されているしね。
 
むしろ今となっては貴重かもな?、「一族の教え」みたいなものだから...
いい文化に育てられたのかも知れない。 自分にヒーロー願望もあったから腹に落ちて染みついたのは確かだな。
 
と言うか、自然に周りから強制的に刷り込まれていたような....
しかし、今となって言えることは幼少時からこのような「教典」を刷り込まれることは良いのかもな....?とも思う。
 
少なくとも根性や情熱や持続力の源になっていたとは思う。
自然な洗脳って大事なのかもな?とも思う。
伝統って強くこだわって守る人が続かないと消えていくからね。

地方の「祭り」なんかもどんどん消えていくしね...
残すべきいいものもどんどん消えていく運命にあるかも知れない。
 
もうすぐ入試の結果が出て落ち込む人もいるだろう。
しかし、負けてもチャレンジした価値は大きい。この薩摩の教えによれば人間の順位としては第2位の価値だ。(ここでは女性も含むと考えてくださいね。)
 
受験生をサポートした両親や友人、知人、先生達は第3位になるだろう。
 
最低ランクは文句ばかり言って人の失敗を笑う人だ。あるいは、けなしたり「批判することだけで生きている人間」と言うことになる。 批判して快感を得る、そして満足する人だな。

すべての順位が受験にも通じるので書いてみた。

大切なことは逃げずに行動してチャレンジすれば1位と2位に入れるということだと思う。
これも不変の真理に近いのではないかと思う。

この教えを創った人もすごいと思うな...何年前なんだよ??偉い人が古典や歴史から学ぶことはたくさんあると今まで何回も聞いて来たがこれも年を取らないとわからないな。

反省だ....

 
「薩摩藩の教え」による「男の順序」

一、何かに挑戦し、成功した人

二、何かに挑戦し、失敗した人

三、自分では挑戦していないが、挑戦する人を手助けした人

四、何もしない人

五、何もしないが、他人の批判だけをする人

 

<受験生の中でモチベーションを常に上げたい方へ>

スマホの「名言アプリ」だとかYouTubeの「偉人の言葉」とかを
常に見るというのも1つの手だと思いますよ。

例:「転んだものを笑うな、彼らは歩こうとしたんだ。」とかね。
   好きな言葉です。

 

「昭和と平成の違い」

たまには子育て論についても書いて見よう。ここを読んでいる保護者の方は昭和世代だろう。昭和の良さは「Always 3丁目の夕日」に見られるように「近所全体で子供を育てる風土」があったはずだ。 近所が家族だ。
 
あれはいいと思う。親ではなく近所のじいさんに叱られるなんて今はないよね?
そんなことしたら今は下手すれば訴訟になるよ。(笑)

道路でバスケットやってたら「うるさい!」と苦情が来てパトカー来る時代だもんな。
だからおとなしくゲームするしかない。

公園も危険な器具はどんどん取り外されているから..
この前なんかブランコが外されてたのを見たぞ。どこが危険なんだよ?? 
きっと誰かが怪我をして苦情言ったのかも知れないな。

私も記憶があるが実家の朝ごはんや昼ごはんや晩ごはんの食卓に「見たこともない子供」が座って一緒にごはんを食べていた。TVも共に見ていた。
多分兄弟の知り合いか、誰かだと思うのだが今では考えられないことだ。

それを「お前、どこの家の子?」なんて誰も聞かなかったよな。そうすると夕方位にお母さんらしき人が迎えに来て「どうもありがとう」と言って連れて帰る。
泊って帰る時はお母さんが明日の準備をしてランドセルまで持って来る。朝食まで食べて帰るのだ。そして何ごともなくその近所の子も登校して行く。

そう言えば私も人の家で何度も何ごともなく昼だけでなく晩ごはんも食べて帰ってたな。
風呂まで入って帰って来たこともある。「これって、すごいことだったんだな?」と思う。

「これはいい!」と思う。 今の時代では絶対できないことだと思う。


ある朝、兄貴の友人が6人も泊って朝食の時に頭がリーゼントの男達が6人もパンと牛乳を飲んでたことがあったな。母親もそれを何ごともなく当たり前に接していたな。 まさにおかみさん状態だ。みんな不良だが礼儀正しかったな。

「考えられる?」、勝手に人の家でごはん食べて、誰も何も言わない。
それ位、近所の団結がすごかったんだなと思うよ。
一緒にいるだけで「あなたも食べて帰れ」と言われるから食べないといけない。

友人の崎川君は、実家の前が駅伝大会のタスキを渡す場所でコンディションを整えていただけなのに「あなた、食べて帰りなさい」とうちの母親にビーフカレーを食べさされて吐きながら走っていたのを思い出す。 (笑)

駅伝選手に走る15分前にビーフカレーを食べさせるうちの母も問題だが...
崎川君は断り切れなかったらしい。 レース終了後怒ってたな。
山盛りビーフカレーで腹が割れそうなのに走れるわけがない...

しかし、近所が共同家族のような時代だったな。

今も幼少期の時期に「野生教育」をしてくれた近所の佐谷のおじちゃんには感謝している。
夏休みにはこのおじちゃんに子供達を預けている。今は生きる伝説のようなものだ。
「俺を育てた時と同じように子供達にやってくれ!」と自分から頼んでいるのよ。

子供達が信じられない位変化するから...

ありえない教育をしてくれるから..絶対に忘れられない教育をしてくれるからね。
もう75歳を超えているが、顔を見るだけで心の底から感謝の気持ちが沸き上がって来るよ。 この前会った時に「おじさん、長生きしてよ!」って言ったら「まだお前と相撲取れるぜ、バカにすんな!」と言われたけどね。

このおじさんがすごかった。いきなりトラックで登場して「こら、お前ら乗れ!!」とか言って海に連れていって「お前ら、ここに座れ!」とか言って全員に頭から冷たい井戸水をぶっかけたりするのだ。全員トラックの荷台に乗せられるから荷台の上で近所の子供達はみんな転げまくるのだ。しかし、これがなぜかおもしろい。 (笑)

軽4輪のトラックの後ろにロープつけてテントの布にみんなを乗せて引っ張ったりしてくれる。軽トラで引っ張る「簡易陸上スキー」だ。これで野原を走るのだが石とかでとにかくお尻が痛いのだ。

おじさんは「こら、お前ら絶対に離すな!」と1人で運転席で絶叫している。

そして急カーブするから当時のうちの男兄弟3人とも共に時間差で道路の端の溝に落ちたこともあった。これが想像もつかないことをするおじさんなのだ。

そしていきなり夜に近所の子供たちを呼びに来て「イカ釣り漁船」に乗せてくれたり、「トビウオ釣り」に連れて行くのだ。こんな人はもういないだろうな。
「蟹釣り」もやらせてくれた。

このトビウオ釣りがとんでもなくめちゃくちゃおもしろいのだ。 また、今は禁止されているがメジロの捕獲方法を教えてくれた。トリもちを使う方法で朝早くから仕掛けに行く。今は捕獲すると懲役1年か100万円の罰金が課される。

これだけは禁止される前にもう1回だけやりたかったな~と心から思う。
こんな経験は絶対にもうできないからね。

またうなぎを筒を使って取る方法や手創りパチンコの創り方、そしてそれを使ってウシカエルを瞬間的に気絶させる方法などほとんど「ネアンデルタール人」のようなおじさんならではの秘伝を教えてくれた。

こういう話しをすると真面目な勉強しかしたことのない生徒ほど目をキラキラ輝かせて「ぜひ一度やって見たいですね~」と反応する。

アフリカの狩猟部族には一切「うつ」はないそうだ。部族が家族であり、自分のことのように助け合い、絆が強い。素晴らしい初等教育を受けることができて良かったと思う。本当に今になってわかる。素晴らしい経験をさせてもらったと思う。

この人こそものすごく好奇心を満足させてくれた伝説のおじさんなのだ。
原始人の狩猟教育のような初等教育を受けたものだ。(笑)
本当に素晴らしかった。今はふなやカエルの解剖さえしない時代だが

だから都会生活で強い「うつ状態」になったらこういう所へ送り込むことが最大の効果を発揮すると思う。

しかし、地方の過疎化のスピードがものすごく早い。我々の時のように10メートルの松の木に登ったり、海に潜ってサザエやアワビを取っている後輩はもう今は誰もいない。伝統が時代と共になくなっていくのは寂しいなと思う。

全て地元の子供達もデジタルだけで遊ぶようになってしまった。
豊かな自然があってもまず家から出ないからね、町内の子供が貧弱に見えて仕方がない。 時代は変わったんだな..と諦めないといけないのかも知れない。

夏に汗まみれになって鬼ヤンマや黒アゲハやクワガタを取っているのは私だけだ。
「あのおっさん、このクソ暑いのにようやるわ...」と言われて終わりだ。

鬼ヤンマはスピードが早い。飛んでいる鬼ヤンマを瞬時に網で取り「俺の動体視力すごいやろ?」と地元の子供達に自慢しても何の反応もないのは悲しい限りだ。

先輩として「お前らがおかしいやろ?」、「野生にならんか??」と言っても全く伝わらない。
「はあ~、もしかしてこの人おかしい人??」みたいな反応をする。

時代の変化は早い、特にデジタル社会の浸透度は早い。

ただ、逆にいい時代に育てられたことはものすごく感謝している。
「あの時代を取り戻せたらいいな....」と心の底から思う。

いつか地元で「二代目佐谷のおじちゃん」をやるつもりだ。
しかし、誰もついてこない気がするな..

医歯学部受験予備校指導記録99

<1月15日(火)> 戦い終了後の家族ケア

そろそろセンターだ。受験生はもう競技場に入り、スタートラインにつくまでのストレッチを
やっているような状況だろう。家族の方も「完全祈りモード」だと思う。当然、99号は受験
生の家族に向けて書きたい。センター終了後、自己採点して喜ぶ子供には、「気を抜くな」と言えばいいだろう。
 
問題は大失敗をして泣き崩れる場合だ。また、自分の部屋に閉じこもって出て来ないケースも多いだろう。受験生は、「暗黒の闇」に落ちていく自分を感じていくものだ。自分が「世界で
一番不幸な人間」のように落ち込むかも知れない。

一つの勝負である限り、「勝者」と「敗者」のコントラストが出て当然だ。特に今まで経験したことのない位、勉強した生徒の落胆は相当なものである。こういう時には、医学部等の難関大学の方が簡単ではあると思う。一定の期間は落ち込ませていてもかまわない。

それでもメソメソしていたら、頃合いを見計らって「お前いつまで落ち込んでるんや、大体お前な、そもそも落ち込む位やったんか?」と言えばいいと思う。

自分を完全な「悲劇のヒーローかヒロイン」に包み込んでいるのだから「はっ!」と気がついて「それもそうやな」と思う場合も多い。仮にそう言われて生徒が反抗しても、どうせ社会に出て、別の何らかの形で頭を打つと思う。その時に振り返ると思う。いつか必ず「そう言われた言葉」を受け入れられる時は来ると思う。そう信じて言い切るしかない。

大体、ここ1~2年がんばって落ち込む気持ちもわからんことはない。しかし、幼稚園から計画を立ててやって来た生徒だっているのだから生徒も少なくとも理解は出来ると思う。

また、現に「苦節13年」とかやっている強者だっている世界だから立ち直らせるのは早いと思う。(それで安心されたら逆効果ではあるが) もし、プライドの高い生徒で今年を受験の最終年と決めていて、ダメだったならば「別の目標」を立てさせればいいと思う。

以前にカウンセリングの記事で書いたと思うが、現役合格して、天狗になって「廻りがバカに見えるぜ」とかなってしまうと、どうせ今度は社会の勉強で頭を打つからプラスマイナス「ゼロ」だと思う。

この子は苦しい思いをしたから、「人の痛みがわかると思う」と保護者も納得すればいいと思う。
喜ぶとまでは必要ないが、少なくとも「人間の幅」はプラスされたと思う。

ただし、生徒が全力で自分に納得しての場合だけだが。ここで言っていることは、「中途半端でやる気なし」の場合は含まない。全力で駆け抜けた場合のみの話である。

例えば、指導者の中にも「完璧なサラブレッドのような履歴」を持った指導者が伝える能力がダメな場合だってある。決まって言う言葉が、「わからんということが俺にはわからん」だ。「わからん」から来てるのに、それさえわからない。

日本は資本主義だから、「競争」によって成長するものだと思うし、「失敗というやけど」を負うと自分が損をするから間違いなく賢くなる。「やけどこそ最強の先生」とも言えると思う。
そして、失敗をすることによって人間の魅力も創られていくものだと考えたらいいと思う。

おおげさなキリストのような助言をする必要もないと思うが、いつまでも暗黒状態が最も良くないし、家族の誰かが暗い状況を好転させる必要がある。
しゃべれなければ、メールでも手紙でも手段はある。

全国の保護者の方々、準備はいいですか?
いよいよ出番ですよ!

パソコンから失礼ですが、ひとつよろしくお願いします。
最後は「親子間でしかかけられないエールの準備」ですよね。

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親子間のエール

(1)手紙

父兄の方で受験生に「これ、読んどけ!」とか言われて手紙を書かれる場合がある。
ものすごく効果があり燃えに燃える場合(燃え過ぎて失敗もある)もあるが、ものすごくプレッシャーに感じる場合もある。(この場合は逆効果になる場合もある)

(2)メール

今の父兄はメールが多いだろう。試験当日に1科目終了毎に「次はあなたの得意な数学、負けるわけがない!!」とか気合が入り過ぎてガンガン送られる方もいる。
これはかえって迷惑だろう。

(3)お守り

「これ持っていきなさい」と手紙つきで贈られる場合もある。個人的には神頼みしなくてもいいように普段からやるべきだと思うが..... 

(4)著名人の名言の入った紙

「孔子のことば」や「プロ野球の監督が選手にあてたことば」や「経営者のことば」だとか歴史上の偉人のことばやことわざなど
(アイデアは素晴らしいが、当の本人が意味がわからない場合がある。)
昭和生まれの気合の入ったお父さんがよくやるが、空回りに終わる場合もある。


<何かしたいが恥ずかしくてできない方へ>

何かしたいがよくわからない人は、家を出る時に「おい!」と言って何も言わず目を見て
握手の手を自分から差し出すだけでもいいだろうと思う
。少なくとも何もしないよりいい。
試験終了後「今、終わったよ」と一番に電話入れて来たら成功だろうと思う。 

気をつけるべき親子間のエール

試験が中盤から後半に進むにつれて、合格して勢いづけばいいのだが、全敗の結果や2次で落とされて、親が焦り始めて間違ったエールを送り始めることがある。第2次世界大戦の鬼軍曹が神風特攻隊にエールを送るようになる場合がそれだ。生徒はセンター試験から後期まで精神的な緊張や疲れは抜けていないのが現実である。

そこを理解しておいた方がいいだろう。3ヶ月以上も緊張状態にあるし、結果が悪ければ、更に焦ったり悩むことによって更に精神的疲労が追加されていく
朝起きて体も心も鉛のように重たくなっていく。ましてや2次の面接の前なんかは更に緊張させられる。シーズン中は「感情の起伏が激しい」のだからその度に疲れさせられていると思う。しっかり観察した方がいい。

「魂のエネルギー」のメーターがどんどん下がっていく。必死でがんばるが肩こりと腰痛も追加され「腰くだけのような状態」になって力が入らなくなる。そこに追い打ちをかけるように「死ぬ気でやれ!」、「倒れるまでやれ!」、「気合いが足りんからこういうことになる」とか浴びせられて潰れていくケースもある。

保護者の気持ちもわかる。エールの送り方のバリエーションがないから同じことを何回も言うのもわかる。しかし、疲れ切った状態の上に「とにかく死にもの狂いでやれ!」、とか「お前にどれだけ投資してると思ってんだ!」とか浴びせても萎えるだけだと思う。よlくあるのが「親戚の○○さんね、合格したんだって?それに比べてうちの奴は金ばっかりかかりやがってどうにもならん!」とかね。
(これを言われるととてつもなくモチベーションが下がるがこれがよくある。)

「じゃあどうすればいいのか?」と言えば、「能動的な理由」を考えさせた言い方に変えることだと思う。以前、メルマガにも書いたと思うが、「倍率が高いから大変になるぞ、お前はダメや!」と言われるよりも「あなたより下の人間がいくら増えても関係ないでしょ!、あなたの素晴らしい所はね、こことここなのよ。大変かも知れないけどあなたならやれるはずよ!」と言われた方が相手は気持ちいいはずだ。

もともと大変な試験なのだから、「持って行き方」を考えた方がいいと思う。「それができるかどうか?」でシーズンの闘いが全く異なるものになると思う。例えばいなかの子がホテルに宿泊して普段と違う雰囲気で寝るだけでも疲れるものである。それを3~4ヶ月継続することがどれだけ大変であるか考えておいた方がいい。もし、シーズン中に「熱」を出した場合は「持って行き方の失敗」と言える。

そこに行くまでに「疲れの度合い」を見抜けなかったミスと言える。「熱」が出たかどうかが1つの尺度と言えると思う。熱を出してから初めて反省するのが毎年繰り返されるミスであると思う

医歯学部受験予備校指導記録100

<1月16日(水)> 読者へ感謝!

ついに100号まで到達した。日本人の方はカウントダウンが好きなのか、昨日から今日のアクセス数の伸びは異常なほどだった。まず、読者の方へ感謝の気持ちを伝えたい。

今回注意したことが2、3ある。一つ目は関心が高いのに普段チラシや広告だけでしか判断できない「教育システムの盲点」を伝えたかったこと。これでかなり、お客さんの業者さんを見る目は、更に鋭くなったと思うし、賢くなったとも思う。また、「目に見えないものを売っている、更に対価としての「物」も残らない評価しがたい業界であるため、お客さんに「分析する目を持つことの大切さ」を認識させる目的もあった。

「生の人間」を対象にするため、総合的な判断が必要だと思う。
そして、
「親の丸投げ」も絶対に良くないため、読んでくれた保護者に現場からの生の知識を与えるという意味もあった。

また、「教育」という非常に関心の高いテーマでありながら、中の実態を知らないし、そのように深くえぐった情報誌もあまり見たことがないため、「教室というブラックボックス」を独自に切り込んで説明した。わかり易くするために「会話文」等を入れたりした。 意図的に「タメ口」を使い、刺激を狙った部分もあります。

保護者の方も理解できたら、相当の知識を得たと思う。現場の経験者の意見をもろに出したため、説得力はあったかなと思います。「懺悔」の意味で昔の恥もあえて書きました。

(全く関係ない記事もあったと思うが「息抜き」のつもりでした。受験生と同じく追い込みながら書いたため、「書く」ことから一切逃れたい日が何日かありました。)


二つ目には、「あえて読者を意識して攻撃的な表現を多用したこと」、つまりさしさわりのない表現を使えば、安全ではあるが、インパクトにかけることからあえて攻撃的に書いたものもありました。

本来は、もっと温和で冷静沈着な人間である(笑)。
人間心理の中で読んでいて「腹が立つけど、気になるから見てしまう」というのがある。
そこの心理をついた表現を心がけた。だから、ずっと読者数が全く減らずに100回も読んだということは、読者の皆さんが書いている私に軽くコントロールされたということになると思う。

アメリカやタイや中国やドイツからずっと読んでくれた読者の方にも感謝したい。
本当にありがとうございました。

受験生の方に言いたいことは、文章をうまく書くには、「書く」ことしか答えがないんですよ。

絶対にこれしかないんです。いい文章を書くには「何回も書く」ということしか答えがないん
ですよ。1のいい文章の裏には100の下手な訓練が必要なんですよ。2次試験ではそれを心がけてがんばって下さい。試験まであとわずかですが、全国の受験生の方に送ることばとして以下のことばを送ります。


If you do not ask, answer is always NO.
「あなたが求めなければ、答えはいつでもNO」


試験に向かう前から悪い結果を想定していたら、求めることすらしなくなっちゃうんですね。
あるいは、聞きたいけど恥ずかしいからとか言っている内公的な生徒も損しますし、社会に出ても生存できないですしね。まずは、ASK(求めよ、さもなければ道は開かれん)ですね。また、読者の中でうまく本番の試験で戦えなかった生徒さんには激励のことばを事前にこの100号であらかじめ準備しておきます。

まだまだ私たちは幸せだと。蛇口をひねれば水は出る。日本では飢えることもあまりない。
アフガニスタンでは家が爆弾でふっとばされて夜はマイナス25度の温度で毛布なしで生きていると。日本人ならみんな死んでしまいますよね。全員すぐに凍死ですよ。
日本は「豊か」ですからね

空爆もされないし、子供が地雷で吹っ飛ばされることもないですしね。家族がいきなり銃殺されることもない。帰ったら暖房もあるし、暖かい家族がいるじゃないですか。世界第2位の裕福な国ですからね。赤ちゃんがマイナス25度で凍死する国ではないですからね。

そこでも希望を持って必死で生きてる人いますしね。明日のごはんが食べられない人からすれば、大した悩みではないんですよ。大きな世界から見ればぜいたくな悩みなんですよ。
「そんなもん日本の話や、聞く耳持たんわ!」という人にはこう言うでしょうね。

もし、競争に負けて落ち込み、なんとか軌道修正しなければと焦るのなら、「相手はもっともっとずっと前から自分より努力していた。そして苦労していた」と思えばいいんですよ。
やっぱ受かる奴は、むちゃくちゃやってますからね。

「情報不足、努力不足、計画不足、管理不足、詰め不足」のどれかだと思うんですよ。
感情ではなくてクールに自分を分析してください。そうすれば、きっと次に勝てますよ。

また、初めての受験の方は、「何かわけのわからん大きな波に流された」とか、志望校が多かった方は、「全然全く手が廻らんかった」という最初の洗礼のようなものを受けるでしょう。自分が経験して火傷しないとわからないんですよね。土台の大切さがわかると思うんですよ。自分に直接ふりかからない限り、人間て反省はしないと思うんですよ。誰もが経験することを自分が経験しただけと思えばいいと思います。

「経験する必要がある失敗」と思えば心も楽になると思います。失敗の結果を踏まえて、手を替え、品を替え改善していくことが最終的な成功につながると思います。そうすれば失敗は成功のための実験として生きて来ますよね。


<もう一つ最後にもう1回がんばる方へ>

失敗っていうのは忍耐強い教師のようなものなんだよ。
「いや、それはうまくいかないよ。ちょっと違うやり方をやってごらん。
そうじゃなきゃ、大きくやり方を変えてごらん」
と言ってくれる先生さ。
                      ベンシュタイン
 
100号まで読んでくれた皆さん本当にありがとうございました。また、書くかも知れません。
ちょっと疲れたので充電させて下さいませ。 毎日の日課としてチェックされていた読者の方々には毎日の楽しみがひとつなくなりますが、また新たなスタートのために少し休憩させて下さい。 全くの宣伝なしで100号の時点で1800人超の読者に支持されたことを心から感謝しています。

「こいつの言ってること、結構当たってるよな、俺もちょっと変わろうかな?」と思ってくれたら最高にうれしいな。(と言うか長期間の経験のエッセンスと貴重な情報が入っているから相当得しているはずだと思うが.....)
 

PS:
この100回の連載を通して言いたかったことは子供の時に読んだイソップ物語の「うさぎと
カメ」や「アリとキリギリス」や「三匹のこぶた」の話の中で言いたかったことと同じことであったことに気づいた方が読者の中にいたかも知れない。

また、何事もそうだが「本人の心の向き方が全て」と言うのが最も言いたかったことである。これさえ準備できれば後は付録のようなもので補強はできると思う。中心にあるのはその人の「心の向き方が全て」と言えると思う。この中心部分の解明が大切だと思うのである。

 
気づく能力と持続力が差をつける」がこの100回の中心となるテーマでした。

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PS:来週から医大の予想を出します。ゼミ生の自宅には完成次第ファックスします。
「最新入試問題の分析」コーナーに後日掲載します。

絶対に的中するとは限りませんが参考にはなると思います。専門家が過去の流れから予想しても「相手が何も考えて創っていない(最近判明したので)」こともありますのでご理解下さいませ。また、急に問題作成担当者が変わるとどうしようもないので理解していただけたらと思います。講師の研修と情報発信と研究発表の意味で実施します。

本番当日にドキドキして自分のコントロールができない生徒へ

 

最後のメッセージ

大事なシュートを失敗しても、僕はその原因を考えたことは一度もない。
失敗した原因をあれこれ考えると、必ず否定的な結果を考えるようになってしまうからだ。人生で何かを達成したいと思う時は、積極的かつ攻撃的にならなければならない。目標を決め、それに向かってひたすら努力するだけだ。

受身の姿勢では絶対に達成することはできない。何かに挑戦する時、僕はそれを達成すること以外、何も考えないことにしている。
スポーツにおいては、恐怖心は時に集中力の欠如から生まれる。例えば、フリースローの時、カメラの向こうで多くの人が僕を見ていると考えると絶対にシュートを成功することはできない。

だから、こんな時自分の中にイメージを描くことにしている。試合でも何千回と練習してきた方法やテクニックでシュートする。結果は考えない。そうすればリラックスしてシュートを放てるからだ。

僕は失敗を受け入れることができる。誰にでも失敗することがあるからだ。
しかし、僕は挑戦することをあきらめることは絶対にできない。だからこそ、僕はチャレンジすることにも恐怖を感じたりしない。「成功できないかもしれないから、挑戦することはできない」なんて絶対に言うことはない。

成功できるかなんて、僕にはどうでもいいことだ。情熱の全てを注ぎ、110パーセントの努力をしている限り、結果はどうでもいい。恐怖心は幻想だ!」

マイケルジョーダン

 

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